#1213/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 88/10/30 13:16 ( 99)
<コスモパンダの人物百景>第1回 コスモパンダ
★内容
第1回 山 男
私は結構、出張の多い身で、年がら年中、日本列島を東へ西へと移動する。
東京をキーステーションに移動するものだから、必然的に新幹線を利用する機会が
増えてくる。
出張のパターンというのは、いつも決まっている。
西へ移動する場合には、朝、東京駅で同僚と待ち合わせ、列車に乗り込む。
朝の八時前後のひかり号は、出張するサラリーマンで、さながら通勤列車と変わら
ない。
皆の手に持つ大きな鞄には、重い資料がぎっしりと詰まっている。
大抵、出張の準備で前の晩は遅くまで、残業して資料を作っているのである。
睡眠不足で赤い目を腫らした男達が、お客に行く前の打合せをする光景が、車内の
あちこちで見受けられる。
ひとしきり、打合せが終わると、男達は早速、シートを倒して眠り始める。
そして、会議の終わった車内は、目的地まで異様に静まりかえっているのである。
一方、逆に夕方、東京に向かう上り新幹線の車内は、朝と全く違った世界が繰り広
げられる。
ネクタイを少し緩め、手には軽い鞄と軽い土産の入った白い袋と、反対の手にはビ
ールとツマミが入った同じく白い袋を下げた、そんな男達が車内に乗り込んでくる。
先日、岡山からの出張の帰りに、私は独りの風変わりな男に出会った。
岡山から一時間、列車が大阪に到着し、ドアが開いた。
例によって両手に鞄と土産の袋を持った男達が乗り込んで来た。
廻りの背広姿のサラリーマン達の中にあって、その男が独り浮いたように感じたの
は、彼の服装のせいだったのかもしれない。
新幹線のホームはそろそろ夜風が身に滲みる季節になっていたが、その男は白いワ
イシャツ、ノーネクタイという出で立ちで車内に入ってきた。
歳の頃は三十前後だろうか。
彼は金色のジュラルミン製のトランクを右手に、一杯中身が詰まった白い袋を左手
に持っていた。
私は二人掛けの窓際に座っていた。その男は、私の座席と同じ列の三人掛け座席の
通路側に座ったのだ。
そうそう、もう一つ彼を廻りのサラリーマンから浮き立たせていたものがあった。
鋭い目付きと豊かな口髭が、日焼けした逞しい彼の風貌を日本人離れしたものに見
せていたのである。
さて、この男のこれから先の行動が、私の退屈な列車の旅を紛らわせてくれたのだ
った。
男はトランクを足下に置き、前の座席のテーブルを引き、袋の中から出した二本の
DRY缶を並べた。
次に彼は白い袋の中から、紙包みを取り出した。その包みを丹念に広げると、中か
ら現れたのは、何とビーフジャギーだったのである。
彼は足下のトランクの中から小さなナイフを取り出した。右手に持ったそのナイフ
の刃をパチンと起こし、その刃を左手のビーフジャギーに当てると滑らした。
薄く削がれた肉片が完全に骨から離れないうちに、男はその肉片にかぶりついた。
丈夫そうな歯が肉を噛み、引っ張る。
なかなか千切れないうち肉片に更にナイフを当て、切り取る。
薄い肉片は男の逞しい顎が数度、動くうちに髭で囲まれた口の中に消えた。
なんと表現すればいいのか。丁度エスキモーが生肉を食う光景にそっくりなのだ。
口を動かしている時の彼の目は野性的で、光を帯びていた。
再び、男はナイフを滑らせ、骨から肉片を削ぎ落とし、その肉片を口に運ぶ。
そして合間にビールを飲む。
その動作を何度も何度も繰り返す。
随分とナイフを使い慣れているということが、男のリズミカルな動作で分かる。
男が周りの視線に気にすることなく、ただひたすら肉にかぶりついている光景を見
ているうちに、私は焚き火を前にした山男が、独り夕食を取っている姿を思い起こし
ていた。
やがて男は肉片を平らげた。
そして別の包みを広げると、蒸した蟹の足にかぶりつき始めたのだ。
勿論、小さなナイフを器用に使って、白い肉を口に運ぶ。
私はその姿をただただ関心して見ていた。
最後の缶ビールを飲み干した男は、食い散らかした残骸やら、ビールの空き缶を袋
に入れ、棄てに行った。
その時、男は空き缶を一つテーブルに残していったことに気付いた。
席に帰って来た男は、さっきまで肉を削ぎ切るのに使っていたナイフでDRYのア
ルミ缶の上蓋の近くを、切り出した。
それにしてもよく切れる缶である。薄いアルミ缶は、横一文字に切り裂かれていく
のである。
缶を寝かして切っていたため、少し残っていたビールが切り口から零れ出したが、
男は構わずに切り続け、やがて缶は上蓋と底蓋がそれぞれついた二つの缶に分かれた。
彼は上蓋の付いた方の缶を棄てると、底蓋のついた方を手に取った。
そのアルミ缶の切り口は鋭くギザギザであり、今にも手を切りそうだった。
ナイフをしまった男は、そのギザギザの淵を丁寧に缶の外側から内側に折り曲げて
いった。
缶はほどなく淵の丸い簡単な器になった。
ひょっとして灰皿を作ったのかと思った。その車両は禁煙車両であり、灰皿が付い
ていなかったのだ。だから灰皿を作ったのでは・・・。まさかそんな大胆なことをす
るのか?
出来上がった即席の器をテーブルの上に乗せた男の横を、車内販売のワゴンが通り
過ぎようとした。
男はそのワゴンを押していた売り子の女性を呼び止めると、缶入りウーロン茶を一
缶買った。
白い袋の中をゴソゴソと探って、男はサントリーのミニボトルを取り出した。
そのボトルの口を切ると、テーブルに乗せた即席の器の中に琥珀色の液体を注ぐ。
更にその器に缶のウーロン茶を注いで、割る。
できあがったウイスキーのウーロン割りの入った元DRYビールの缶を、二、三度
揺すると、男は美味そうにそれを飲んだ。
やがて僅かな時間で、何杯かのウーロン割りを飲んだ男は、残ったボトルをトラン
クにしまい、最後に残ったゴミと即席の器を袋に詰めると、席を立ち棄てにいった。
そして帰って来た男は、シートを倒すとすぐに寝入ったのだ。
一仕事終えたという満足感のようなものを顔に漂わせて、軽い寝息を立てて眠るそ
の男に私は好感を覚えた。
自由に生きる山男が何かの用事で下界に下りて来たように思えたのだ。
それにしても、金色のジュラルミントランクとは随分派手な山男である。
東京駅に列車が到着し、荷物を持った私が通路に立った時、髭男は目覚めたばかり
なのか、三人掛けのシートの上に横になって少し上体を起こしていた。
いそいそと乗客達が下車する姿をキョトンとして見ている優しい光を帯びた野性的
な目が印象的だった。
1988年10月30日
コスモパンダ