AWC 【パック・ツアー】  コスモパンダ


        
#1006/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 5/14   7:53  ( 99)
【パック・ツアー】  コスモパンダ
★内容
【パック・ツアー】  コスモパンダ

「お早うございます。このたびは、私ども『スピードパック』に御参加戴きまして、
誠に有り難うございます。貴重な時間を有意義に利用して戴くのが、このスピードパ
ックです。素敵な時間をお楽しみください」
 昔ながらの帽子に制服姿のバスガールのような女性ガイドと思いきや。可愛いテニ
スルックのキャピキャピギャルの女性ガイドが、マイク片手に話し始めた。
「いてっ!」
 にやけて鼻の下を伸ばした遠山氏の膝を隣に座っている美佐子夫人がつねった。
 遠山氏は、夫人を連れ、このゴールデン・ウイークに家族旅行を計画したのだ。結
婚以来、仕事が忙しく、満足に休暇が取れなかった。当然のことながら子宝にも恵ま
れず、さすがに家庭不和の症状であるヒンヤリとした空気を感じて、数ヵ月ぶりで休
暇を取ったのだ。たとえ一泊二日とはいえ、旅行は旅行である。
「バスは只今より、設楽城跡を御案内致します。その前に、皆様にスニーカーをお配
り致しますので、お履物をお履き替えください」
 女性ガイドは事務的な案内を済ますと、スニーカーを配りだした。
 前の方の席の客は、既にスニーカーに履き替え始めた。
「どうして、スニーカーなんです? 足下が悪いんですか?」
 遠山氏は、不思議そうに女性ガイドに尋ねた。
「いえ、スニーカーの方が革靴やハイヒールよりも行動的でいいんですよ」
「はあ」釈然としない遠山氏は、隣の座席に座る美佐子夫人にスニーカーを渡した。
「いいじゃないの。このスニーカーだって、パックの費用の内なんでしょ?」
 若い美佐子夫人は呑気に遠山氏に言ったのである。
「さて、バスの方は設楽城跡の大門を過ぎました。それでは只今より10分間で、城
跡を見学致します。皆様、遅れないように付いて来てください。それでは」
 旗を持った女性ガイドは、バスが停車する前にドアを開け、テニスルックのスカー
トの裾を翻して飛び出した。そのあとを乗客達が追い掛ける。
 茫然とする遠山氏の背中を美佐子夫人が押し、外に出た。
 だが、その時既に女性ガイドは、バスから50メートルは離れた堀に掛かる橋を渡
りきり、巨大な石の城壁の前を走っていた。
 乗客達は、高校生くらいの少年を先頭に、大学生風のアベック、若い夫婦、白髪混
じりだが、健康そうな中年男性も小学生の女の子の手を引いて駆けている。
「あなた、早く!」
「わーっ!」
 美佐子夫人が遠山氏の手を引くと、恐ろしい勢いで走りだしたのだ。
 遠山氏は日頃の運動不足をつくづく後悔した。
 二人が漸く、観光案内の看板の前でたむろするツアー客の群れに追いついた時、女
性ガイドの声が聞こえてきた。
「・・・で、この城跡の御紹介を終わります。それでは、バスの方に戻ります」
 ハタハタとはためくツアーの旗を持った女性ガイドが、遠山夫妻の真ん中を突っ切
って、バスの方に二人がもと来た道を戻っていった。
 そして、そのあとをツアー客が・・・。
「ワーッ」
 遠山氏はその客達の人波に飲まれ、バスの方に運ばれていった。
 気が付くと、遠山氏はバスの席におり、隣には夫人もちゃんと座っていた。
「な、何が・・・あった・.んだ?」
 息も絶え絶えの遠山氏。
「さあ?」と夫人は首をひねった。
「お前、なんか見たか? 俺は何も見なかった」
「見れる訳ないでしょ。あなたがグズグズしてるからよ」
 夫人は不貞腐れていた。
「バスは次の由緒ある黒萩家の旧居跡を訪れます」
 女性ガイドはあれだけの疾走の後にも乱れていなかった。
「どれぐらいで着くのかしら?」と美佐子夫人。
「さて、お待たせしました。到着です」
 ものの1分しかたっていない。
「ここでの見学時間は15分です。それでは」
 そう言うが早いか、彼女はドアの外へ。
「行くわよ」と美佐子夫人。
「ワーッ」
 再び、ツアー客はそのあとを追う。今度は遠山夫妻も引き離されまいと、疾走した。
 広場では、女性ガイドが雛段の前に立っていた。その前には、三脚に乗ったカメラ。
「それでは、記念写真を撮ります。皆さんこちらの段に並んでください。はい、お時
間があまりありません。さあ、そこの御夫妻、並んでください」
 遠山夫妻を始め、今日初めて顔を会わせたツアー客達は雛段に乗せられ、カメラと
にらめっこ。髭面のカメラマンがシャッターレリーズのバルブを片手に握っていた。
「さあ、楽しい旅の一時の記念です。にっこり笑って。もっと楽しそうに。そこの眼
鏡の叔父さん、もっとにこやかに。そこのお嬢ちゃん、笑って。可愛いよ。それでは
いきます。ハイ! チーズ!」
 ガシャン。
「はい、記念写真の料金は後ほど集めさせて戴きます。1枚、2500円です。それ
では、行きます。付いて来てください」
 雛段の上から、ツアー客達は飛び降りた。その弾みで雛段はぐらつき、遠山氏は地
面に蛙が踏んずけられたような恰好で延びた。その遠山氏の上を何人ものツアー客の
スニーカーが踏み越えていった。
「ワーッ」
 一回り、見学が終わったところで。
「はーい、スピードパックの皆さん、お時間が過ぎておりますのでお急ぎください。
あと1分でバスまでお戻りください」
「い、いかん!」
「キャーッ」
 今度は遠山氏が夫人の手を引いてバスに駆けていった。
 遠山氏のダッシュの御陰で、夫妻はバスの席に付いたが、可愛そうにとうとうバス
に辿り着けなかった家族連れが、おいてきぼりになった。
 バスのリアウインドゥには、バスを必死で追い掛ける家族連れの姿が見えたが、や
がて小さくなって消えた。
「さーて、みなさん。次はお待ち兼ね、角沖島での自由時間です。バスはここで降り
て戴き、船で島に行って戴きます。時間は、えーとそうですね。30分です」
 船のデッキで背筋に悪寒を感じたのは、遠山氏だけではなかった。
 そして、これから先の顛末をお伝えする必要はないでしょう。
 そうです。予想通り遠山氏を初め、十人程のツアー客は島の桟橋から遠くなってい
く船を見つめていたのであります。
 無人島に残されたツアー客達は飢え死にか?
 そんなことはありません。
 さすがパック・ツアーの会社です。サービスは忘れません。
 桟橋には、人数分の携行食料とサバイバルキット、それにスニーカーの替えまで於
いてありました。その包みの上に張り紙一枚。
「決して経験できない貴重な一時をお楽しみください。一週間後のお帰りも、当スピ
ードパックを御利用ください」




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