#975/1850 CFM「空中分解」
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Mergeing!Mergeing!!(2)ひすい岳舟
★内容
映画を見終わって、彼女は喫茶店に入った。ここならブツブツ言ったとしても、ああ
何か悩み事があるんだなぁ〜としか思われないと思ったからである。コーヒーとピザを
頼み、一番奥のスクエアを取った。
“中村さん、貴方もしゃべらないで話すことに慣れた方がいいよ”橋本は妙に落ち着
いていた。もっとも、女になってしまった!ということは彼の心の奥で、動揺させてい
ることは間違いないことなのだが、ここで冷静にならなければ混乱するだけだ、そう思
ったのだ。“そうしないと変人に思われる”
「もう、十分思われています!!こんな事が、友達に知れたら………」
“あ〜、分かったよ、泣かないでよ。”
「泣くものですか。あんたなんかの事で!」
近くに座っていた男が立ち上がった。そして彼女のテーブルに接近したかと思うと、
「いろいろ、色恋にはあるよ。気をしっかりがんばるんだぜ。」
と言って出ていった。どうやら、男にふられたものと勘違いしたようである。
“ほ〜らね。間違われただろ”
「ふん!!」
喫茶店を出ると彼女は新宿御苑に向かった。なるほど、あそこなら変に思われる事は
ない。どうせあそこにいるのは自分達の事に没頭しているアベックぐらいだもの。あ〜
あ、出来りゃあ彼氏でも作って、来たかったよ、本当に。
御苑は雑踏の中にある、聖域のようだった。芝生と木立によって形成されるその空間
は、昔を止めているようである。しかし、それは間違いで、御苑自身もゆっくりだが変
化を成しているのである。昔は空はもっと青かったに違いない。動物も多かったに違い
ない。違わないのは、ここにやってくる人種だけだ。雑音から避けるようにやってくる
人々は目的は違えども、ここで休息をしていることに共通のものがあった。
“御苑は初めてだな。こういったところが新宿にあるなんて信じられないな。”
「あ・た・し・は、どちらかといったら、あんたの事の方が信じられないんですけれど
ねぇ!!」
“私自身どういう理由でこうなったか−−−ひとつのハードにソフトが2つ走る−−−
分からない。”
「面白い例えするわね。」中村の声が少し円くなった。「パソコンやるの?」
“私が「橋本智樹」だったときは、ちこっとかじっていましたよ”
「私、情報処理の高校行っているのよ。趣味は同じね。」
“さぁ〜、どうだか。パソコンはどうにでも使えるものだから、それをやっているから
といって趣味が同じとは限らないよ。”
「ちょっと、あんたねぇ〜、異常事態を少しは認識しなさいよ。こうなったらお互い、
共通のものを発見して話していくしか、しょうがないでしょ。ちいっとは、協力しなさ
い。」
“……?!?!”いつしか、立ち場が逆転している………
「あなた、17とか言ってたでしょ。じゃ、どこだかの高校の2年?」
“いや、遅生まれなもので。3年になったばかりで、17歳なのだ。”
「なるほど、じゃほとんどおない年ね。私は4月の早生まれだから18よ。」
“年上だね………”
「何よ、その沈黙。」中村は木の下にあったベンチに腰を降ろした。膝の上に先程の映
画のパンフを置く。「ま、年からはほとんど差はないから、こいつは共通点と言えそう
ね。」
“ちょっと、気がついたことがあるのだが………いいかな?”
「言ってみなさいよ。この際、何でも受付けるわ。」
“どーも”彼は一寸考えてから、思考を伝達した。“中村孝子というハードウエアに、
もともとあったソフトは貴方ですが、途中からなんらかの原因で私が入り込んだ。優先
順位は貴方の方に勿論あるのですが、私の意思によって動かせるところがあるのです”
「???」
“勿論そこにも貴方の優先順位があるわけですが、私も動かせるのです”
「な、なんかよく分からない………」
“例にやってみませんか?”
「はぁ?」
“目の力を抜いてください。映画でも見るような感じにして”
「で、出来ないわよ。」
“大丈夫!やってみて!!”
彼女はすぅ〜と力を抜いた。目を開けたまま、眠るかのように。すると、気色がゆっ
くりと左へ流れ始めたのである!!びっくりした彼女は手で目蓋を覆ってしまった。
“やっぱりそうだ。今、私が右の方向に目を動かしたのです。”
「な、何がやっぱりよ!!」彼女は怒鳴った。「あんた、何者!!」
“元「橋本智樹」の者です。”彼は戯けた。
時計を見ると2時である。
「あんた、腹空いたでしょ。なんたって、同じ体にいるのですからね。」
“いや。私に直結出来るのは目だけで、あとは貴方からワンクッションおいてこちらに
くるものですから、別に……”
「うま〜く出来ているのね。私は空いたから、食べに行くわよ。」
“どーぞ”
彼女は立ち上がると、再び新宿駅に向かった。駅前は午後出てきた人と午前からいた
人とで結構な盛り上がりを見せていた。彼女はその中を前と同様にパッパパッパ進んで
ゆく。行動的な人なんだな、彼はそう思った。
駅ビルであるマイシティの一階にあるファーストフードで簡単に済ませると、彼女は
今度は反対側である西口に出た。さっきと同じように早い速度ですり抜けてゆく。おそ
らく、ちょっと先にある大手ディスカウントショップにでも行くのだろう。そういえば
パソコンに興味があるとかいっていたなぁ〜。
「インクリボン見にいくわよ。」突然彼女が話しかけてきた。
“はいはい。熱転写ですね。”
「そう。熱転写はいいんだけれど、よく使う私なんか、すぐなくなっちゃうのには閉口
ね。あなたは、え〜と、”私の所へ来る前”は同じように?」
“勿論、熱転写。”
「じゃ、分かるでしょ。」
“そうですね。私の場合は、通信とかワープロに使ってましたから、よく消費しました
ね。金が無いときには、一本を何度となく使いましてねぇ”
「へぇ〜。ワープロで何、やってんの。」
“小説とか、書いてました。”
「ふふ、でもこんな事になるなんて想像もつかなかったでしょ」
“書いたら面白い奴に仕上がったかもしれませんね”
彼女はなんとなく、その言葉が虚な響きだったような気がした。
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