AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(13)コスモパンダ    


        
#935/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/27   7:12  (116)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(13)コスモパンダ    
★内容
                (13)取り引き

 リンが消えて丸一日が経った。遂に<救世主>の指定した午前零時が迫っていた。
 「ベベ」の店は賑わっている。客達は続々と訪れる。
 人間という奴は昼間だけ動き回るという習性に逆らおうとしている。夜は既に危険な
ものではないのだ。夜行性の凶悪な動物はもういないのだ。
 人間自身を除いて・・・。
 「ベベ」の店はバーというより、深夜レストランだ。
 ワン・フロアは広く、五十メートルプールが二つ並んで入る程の円形のホールになっ
ており、ホール周辺から中央に向かうに従って低くなっている。
 その一番低いホール中央には、ステージがある。ホールの周辺に立つと、ステージが
見下ろせ、今もジャズバンドが演奏しているのが見える。
 ステージを中心にして、同心円の階段教室のように段々に五十以上のテーブルが並ん
でいる。
 男女のアベック、いい身なりのどう見ても商談をしているという男達、集団で騒いで
いるドンチャン組、一人静かに飲む寂しい男、女・・・。
 フロアには四百人程の客が夜の一時を楽しんでいた。
 天井は高く、三階の吹き抜け構造になっている。天井からは、一つが一トンはあろう
かというシャンデリアがぶら下がり、燦然と輝いている。
 二階にも張りだしの部分があり、そこにもテーブルがある。ロイヤルボックスとまで
はいかないが、そのテーブルの料金は高く、優越感も感じられる席でもある。
 この「ベベ」は不思議な店だ。
 マスコットが十九世紀から二十世紀に作られたアンティックドールである。
 殆どは当時のフランスやイタリアで作られたものである。数百万クレジットの人形も
あるということだ。特に高いのは、オリエンタルの人形である。NIHON人形とやら
はとてつもない価格が付けられ、超硬度クリスタルケースに入れられ、電磁ロックとコ
ンピュータ・アイの監視下に置かれている。
 手に乗る程の小さな人形から等身大の人形まで、その数、約百体がステージ脇やホー
ル周辺の壁、二階の張りだしに陣取っている。
 <救世主>の指定した場所はここ。時間はもう一分もない。
 僕はステージから三列目のテーブルに一人で座っている。
 テーブルの上に乗ったグラスの中の琥珀色の液体は全く減っていない。一人で飲んで
も旨くない。せめてノバァでもいれば。だけど、ノバァはいない。彼女は待機している
筈だ。その場所は僕も知らない。
「メッセージが到着しました」
 突然、腕に付けたCBが呼び掛けた。応答ボタンを押す。
「ごきげんよう、コサック君」
「<救世主>か?」
「そうだ」
「時間に正確だな」
「几帳面な性格なもんでね」
 けっ、その割りには、ヘボな間違いをするもんだ。
「メモリ・プレートは持って来たかね」
「持って来た」僕は、ズボンのポケットからメモリ・プレートを取り出すと、テーブル
の上に置いた。
 こいつは、リンのメモリ・プレートのコピーだ。
 アンナがメイソンから受け取った筈のメモリ・プレートは、アンナの口が固く、とい
うよりもショック状態で何も話してくれないのだ。
「コピーを取ったかもしれないぞ」すぐに余計なことを言いたくなる。
「構わんさ。私はそのメモリ・プレートの内容を見たいだけなんでね。別に君が持って
いたって一向に差し支えない」
 どういうことだ。<救世主>は何を考えているんだ。
「そっちこそ、リンを連れて来たのか。それにジョンも」
「ステージの上にあるシャンデリアが見えるかね」
 僕は頭の上のシャンデリアを見上げた。
 それは風変わりなシャンデリアだ。床から五メートルの高さに吊るされた大きな透明
球体の中には、アンティックドールが入れられていた。座っているものもあれば、蹲っ
ているのもある。真下から見ると、スカートを履いた人形なぞ、中が見えてしまう。人
形の足が妙に艶めかしく感じる。
「君は丁度いい位置に座っている。彼女が真下から見える」
 僕は、立ち上がった。じっと、頭上の透明球体の中の人形を見つめた。
 それは蹲っていた。無地のコットンパンツと白いTシャツを着ている。髪の毛は長く
、背中まであった。膝を抱いた恰好で、顎を膝の上に乗せていた。
 丸みのある頬、ふっくらした唇。
「リン!」
「そして、その隣のやつも見て欲しいな」
 頭を巡らすと、リンの隣にぶら下がっている球体には子供が入っていた。恐らくジョ
ンだろう。
 二人共、眠っているように見える。それが永遠の眠りか、一瞬のまどろみかは下から
見上げただけでは区別がつかない。
「二人は無事か?」
「見た通りだ」
 クソ! 嫌な野郎だ。
「二人が生きているなら、メモリ・プレートをやろう。しかし、死んでいたら、絶対渡
さない。二人が無事だという証拠を見せろ!」
「いいだろう。見せてやろう」
 リンとジョンの球体が光った。じっと目を凝らして見ていた者でない限り、巨大シャ
ンデリアの明かりに埋もれて気付かないだろう。
 リンが動いていた。頭を微かに振っている。長い髪が揺れていた。
 ふっと頭を上げ、キョロキョロと周りを見回す。まだ事態がよく飲み込めていないよ
うだ。下を見る。暫く、じっと下を見ていた。そして、自分のいる場所に漸く気付いた
ようだった。
「キャー! 助けてーっ! 誰かーっ」
 CBからリンの声が聞こえてきた。
「リン、大丈夫か?」
「カズ、カズ、カズなのね?」
 リンは球体の中で立ち上がった。透明球体はユラユラと揺れた。
「リン、無事かい?」
「わたし、どうして、こんな所にいるの? ここ何処なの?」
 リンは両方の掌を透明な球の内側について、わめいていた。
「君は、誘拐されたのさ。あんまり動くなよ。シャンデリアから落っこちるぞ」
「やだーっ、出してよーっ」
「もう少し、おとなしくしてろよ。今、取り込み中なんだ」
「白状者! カズのバカ! もうドーナツなんかおごってやんない!」
 へっ、構うもんかい。あんな砂糖お化け。
 正常な反応だ。生きているし、まともな様子。じわーっと目頭が熱くなってきた。
 隣の球体の中の少年も動いていた。ジョンの声は聞こえないが、どうやら生きている
らしい。
「約束通り、二人は返そう。テーブルにメモリ・プレートを置いて、ホールの外に向か
って歩け。テーブルから離れるんだ」
 僕は言われたままに、ホールの外に向かって階段を上って行った。
 階段を上りながら振り仰ぐと、巨大シャンデリアからぶら下がった二つの透明球体が
ゆっくりと下りてくる。そのスピードは僕の歩調にぴったりと合っているような気がし
た。
 半分まで上ったろうか、突然の女性の悲鳴に振り返った。
 ステージ脇に置いてあった黒人人形のショーケースが割れていた。
 側にいた客の女性が大きな口を開け、悲鳴を絞り出していた。連れの男性客は慌てて
立ち上がり、テーブルをひっくり返した。テーブルの上の料理皿や、グラスが床に落ち
、破片が散る。
 その人形はステージに一番近いテーブルの上に飛び乗り、テーブルの上の料理を蹴倒
すと、床に飛び降り、さっきまで僕がいたテーブルまで走ってきた。
 周りのテーブルの客が一斉に逃げ出した。
 人形はテーブルの上のメモリ・プレートをかっさらうと、僕のいる方向とは反対の方
に走って行った。その逃げ足の速いこと速いこと。

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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