AWC 再発表>地球探訪(9) 翡翠岳舟


        
#724/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 1/31  10:57  ( 92)
再発表>地球探訪(9)                 翡翠岳舟
★内容
  スクリーン・モニターには熱帯低気圧の断面図が映し出されていた。コンピュータ
アニメーションで奇麗に横から見た図に、赤い点がタンブラー号の位置を示していた
。タンブラー号は熱帯低気圧の中部に接近しつつあった。上昇させるためには、中に
入り込む気流の乱れる渦中のさしかかったとき、ジェット噴射をし、嵐の外側にある
上昇気流に乗らなければならない。もし巻き込まれれば・・・言わずと知れている結
果となるだろう。
  フロイドがモニタ・チェックをしていると、スチーブが通りかかりに肩をたたいて
いった。フロイドが振り返るとすでにスチーブは通信機械ブースへと駆けっていって
しまったので、何がなんだか分からなかった。再び、モニターに目をもどした時、ア
ナウンスが入った。
「これより、タンブラー号を上昇気流に乗せる作戦を実施いたします。関係者の方は
至急中央センターにお集まりください。繰り返します・・・」
スクリーン・モニターの左の画面が電子望遠鏡からのコンピュータ処理映像に切り換
えられた。温度別に細かくカラーで表示された嵐の渦の上空からの絵にも、赤くタン
ブラー号が表示されていた。これによって、センター内の空気がピリッとしたような
気がした。
  フロイドはそれをみて、何だかそれ自体が巨大な生き物のように感じた。さながら
タンブラー号はその上を飛ぶ蚊のようなものか。

  HT−26000は自分の目の前で吹き荒れる気流をみながら、今までになかった
″何か″が自分の中に増大してゆくような感じを受けていた。それは決して彼のケイ
素チップ内にあるものでなく、もっとほかの、もっと高貴な場所にあるように思われ
た。HT−26000としては、それが良いことであるか分からなかった。しかし、
それとは関係なしに彼は徐々に大きな変貌への第一歩へと向かっていたのであった。

  グリーンモニター上の輝点がゆっくりと熱帯低気圧に吸い寄せられているのを見な
がら、フロイドはなんとなく不安を感じていた。そうはっきりしたものでなく、ボワ
ーっとした、根拠のないものだった。はじめは緊張の上からか、と思ったのだがどう
やらそうではないらしい。か、といって、不安がる要素はないのだから、体にあらわ
すのはちょっとおかしいだろう。きっと大いなる自然の畏怖に感覚的におののいてい
るだけだろう。まぁ、それはしょうがないか。生き物ならその感覚は必要なものなの
だから。フロイドはそう結論をだし、作戦に頭を切り替えるため時計を見た。ジェッ
ト噴射まであと5分であった。

  「タンブラー号へ。電波情況が極めて悪いため、ダイレクト方式の交信は行わない
。その代わり、通常通りのハイパーウェーブによる交信を行うことになった。ただち
に設定変更をされたし。そのとき、センター側のタイマーに同調する作業をするよう
に。作戦実行まで4分だ。速やかに行動してくれ。
0027891                                              センター

  センターの空気は張りつめ、耳が痛く感じられそうなくらいになっていた。幸い、
空気調整機のブォォォォウンという振動がそれを隠す役目を担っていたので、平静を
装いながらフロイドは次々とスクロールしてゆく文字列をチェックすることが出来た
。先程の″モヤモヤ″はすっかり緊張という槍で打ち砕かれてしまったようだ。その
かわり、内臓を誰かにつかまれるような感覚を覚え始めていた。これはきっと日ごろ
ガバガハ飲んでいるコーヒーの影響なのだろうと考えることにした。しかし、理由を
つけなければいられないなんて情けないではないか。チェリノフの席に立っているイ
ーディスを見て急にそう思った。

  「作戦まであと2分。タンク内のバルブチェックをせよ。乱気流との衝突に備え、
アンテナを引っ込め、水素タンク全体をアンテナとして使用するように切り替えよ。
多少、質は落ちるが危険を伴うよりかはましだ。カメラもレンズ保護のためキャップ
をかぶせるように。
0027892                                              センター

  外の気流の激しさが増すたびに、彼は今までに体験したことのない、正確に言えば
これだけ″増幅した″ものを取り扱う未体験を味わっていた。それ自体は、危険のよ
うな気がするのだが・・・何故か、これが暖かいものであるような感じを受けた。も
はや、HT−26000は単なるコンピュータでは済まされないレベルに達しようと
していた。

″さぁ、いよいよだ!″と、フロイドは自分に言い聞かせた。何万Kmも離れた所で
は彼の作業を頼りにしているHT−26000が居るのだ。奴は、この文明が再建さ
れ始めてから地球にに行った最初のいわば大使なのだ。絶対に、危険にあわせてはな
らない。そのためには感情を潰してまでも仕事に打ち込まなければ!
若い研究員は首をぐるりと振ると、モニターの文字列をかみはじめた。

  「あと30秒・・・」カウントダウンが始まると、様々の機械の不協和音を残して
、時が止まったようにシンとなった。熱気も空気調整機のおかげか、徐々に冷えてい
っているようだ。そして、冷鋭な緊張、殺気とも思える空気がそれに代わってセンタ
ーに漂った。そしてまた・・・「あと15秒・・」

  HT−26000は、クロックが小刻みに振動する音を聞いて、またまたその″何
″かが体の中に宿り始めているのを感じた。そしてそれが、何か体に警告して来てい
ることもだ。HT−26000はこの新体験にどのように対処していいのか、どこの
ケイ素チップに見いだすことは出来なかった。ディスクも、だ。一体クロックが何兆
回刻んだら、10秒たつのだろうか?通常なら1秒もかからない計算を、彼は悩んだ。

  「5,4,3,2,1、ジェット噴射開始!」アナウンサーの少し上ずった声が響
いた。

  HT−26000はそのとき、全身がショートしたかのような感覚に襲われた。や
はり、″何″かであった。それは完全にタンブラー号を左右するものとなっていたの
だ。コンピュータはジェット噴射の命令を下さず、従って荒れ狂う嵐の門、乱気流の
渦中へと消えていった。

  フロイドはけたたましいサイレン音がセンター内に轟くなか、ぼうぜんとしていた。
彼の″根拠のない″警告は、やはり正しかったのだ。タンブラー号のノズルのパイプ
に小石があたっただけでも、考えてみれば起こりうる事故だったのだ。とにかく、タン
ブラー号は噴射をすることなく引きずり込まれた。きっとHTは、ブレーキの効かない
車に乗ってしまったドライバーのような心境だったろうと、思った。





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