#687/1850 CFM「空中分解」
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ONEC UPON A TIME IN
★内容
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ONEC UPON A TIME IN A
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友人フラナの言うことによれば、昔の巨大ネットワークのデータは未だにどこかの
空間に残っているということだそうだ。なるほど、今や一つの世界のなったネットワ
ーク空間の中にも、裏路地があって案外残っているかもしれない。かと言って、今更
コンピュータを使って割り出すには、齢90を迎えた私には無理な話だ。でも結婚し
ていない私にとって、頼める息子などはいないのだ。老人管理局の斡旋によって、こ
こにつれてこられた私にはアルバムなどなかった。あるのは壊れかけている88SR
だけだった。
で、あるから、フラナにPC−VANがどこに存在するか、割り出してほしいと頼
んだ。彼女は仕事の合間にやるから遅れるかもしれない、と言って引き受けてくれた
。それから私は年甲斐もなく、老人センターの中でうきうきした毎日を送ることにな
った。
それから2週間ほどしたころだった。フラナから急に電話がかかってきて、うまく
PC−VANに入ることが出来たという。再びアクセスするのは困難であるから、今
すぐ来てほしいとのことだった。すでに外出禁止時間であったが、そんなことにはか
まっては入られない。コートをはしょると、すぐさまフート・ソビリア研究所に向か
った。
フート・ソビリア研究所というのは、総合歴史研究の分野でトップの位置に存在す
る社会法人であった。近ごろでは″近過去″の研究に力を入れていて、フラナがネッ
トワークの話をしたのも、研究上からであった。現在のコンピューター・ネットは世
界で6ブロックに分けられた大きな組織に間接的に、あるいは直接結び付いているも
のがほとんどなのである。海底の大陸棚に設けられた一つの都市よりも大きいシステ
ムは毎日毎日改良が加えられ、その記憶量はすでに無限に近い。それらのメモリーの
忘れられた部分に、PC−VANが存在しているかもしれないのだ。
私が行くとフラナが大きな端末の前で待っていた。画面にID:と出ているのを見
て、私の頬が紅潮していく。あったのだ・・・あの混乱の時代を生き抜いたのだ、P
C−VANは!!私は思わず駆け寄り、画面におそるおそる手を延ばして、その光っ
ているモニターをゆっくりと撫でた。
「Mr.Hisui、さぁどうぞ。」フラナはホテル・ボーイのまねをして、椅子
をひいてくれた。私はそれに快く応じ、キーボードに手をかけた。
「さぁ、始めて結構ですよ。」
「ああ、どうも。」始めてアクセスしたときのようなあの緊張感が、肺を圧迫するよ
うな間隔で私を襲ってきた。とても、快い・・・。
私のしょぼしょぼの手が、キーボードを滑る。
″FEC27095″
そしてパスワード。それが終わると日時が出た。パラメータの変更をしないため、
Nと押すと、テロップが流れ出た。
「PC−VANを長らくご利用、そしてご愛好してくださいまことにありがとう
ございました。本日をもって閉局の運びとなりますが、いつの日かまた皆様に
御会いできるよう努力したいと思っております。本当にありがとうございまし
た。 2024年12月31日
PC−VAN事務局一同
そういえばこの日はなかなかアクセスできなかったっけ・・・。回線はパンクしそ
うになったし、OLTは9600bpsでありながらその半分のスピードも出ていな
い感じだったなぁ。あの日、Log−outする前に″また、ここにこようね″と皆
でいいあったのを思い出す。そして今、私はごみが散乱してもうすでに終わったパー
ティ会場に、再び訪れたのだ。たった一人で。
″JAWC″
すぐさま懐かしいSIGメミューが画面に現れた。フォーラムのフレッシュボイス
I、IIともどもラストデーの賑やかさそのままだ。いや、それはフォログラフィの
ようなものか。当時ここにいた彼らはすでになく、MSGは彼らのいたことを現す金
字塔であっても、彼らそのものではない。しかしながらにして彼らは気付かぬうちに
歴史を作り上げた。そして太古の恐竜と同じくどこかへ行ってしまった。我々が、こ
こででかつてあったのは宇宙的な確率である。公倍数がたまたま同じで、ある一定周
期で巡り会う可能性がPC−VANであったのだ。そして、我々はまた次の公倍数を
求めて別れていった・・・
空中分解にはあまたのストーリーがきらびやかに収まっていた。このボード上で、
どれだけの人間が死に、恋をし、相手を罠にはめ、作者の作り上げたおよそ勝てそう
もない敵と交戦し、自然の恐怖におののき、幾度となく核戦争後の地球に嘆いたこと
であろう。彼らは、公倍数達によって生み出されたネットワークという世界の中の、
永遠なる生物である。誰も訪れなくなった今も生きているのだ!それはもうすでに、
作り出した者の手から離れ、永遠なる価値感に向かってスパークしているといっても
過言ではない。素晴らしい、素晴らしい、実に、だ!
私は隣にフラナがいるのもいるのも忘れ、興奮仕切っていた。ダウンロードしまく
り、段々過去へ過去へとさかのぼってゆく・・・かつて紙の無くなることをSSとし
て書いたころへ、地球がガスで包まれてそれを探検する初めてのSFを書いたころへ
戻っていった!そこには、懐かしい名前があった。申し訳ないことに忘れてしまって
いる名前もあった。しかし、これから思い出せばよい。何しろ、時はたっぷりとある
のだから。新リレーが始まり、そのころさんかにオムニバスを言っていたまだ若造の
ころの私が蘇る。もちろん幻影の中で。
あのころは本当に楽しかった。人生これからであった。あのころの作品は愚作ぞろい
であったが、何か毎日やっている!というような満足感を自分に与えてくれた。当時
のアクセスしていたほかの方々のおかげだろう。そういえば、このAWCの中からも
何人もの作家がデビューしたことか。あの人達は楽しく暮らしているだろうか。また
普通の仕事をしてここで物書きをしていた人達はどうしているだろうか。しまった、
またもや愚問をしてしまった。公倍数を求めて見えない線上を突き進んでいるにきま
っていた・・・・・・
私はたまらず、フレッシュボイスIに恐らく最後のRAMとして、書き込んだ。
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ONEC UPON A TIME IN A
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ようこそ、アマチュア・ライターズ・クラブへ
そして、かつてのRAMの人々よ。あなた達の輝かしい時代は、その一時だけ
であったのだ。しかしながらにして、それを嘆くことはない。その時、あなた
達は素晴らしき過ごしかたの一つを行ったのだから。よぼよぼの目には少々痛
いくらいだ。あなた達は私達の過去であるが、永遠なる一個の別の幻影でもあ
るのだ。素晴らしい!素晴らしい!もし、私があの時代に戻れるとしたらどん
な代償でも払うだろう。今来たあなたへ−−−自分の目で確かめること、これ
をおせっかいなじじいは薦めます。
2063年1月15日
翡翠岳舟より
−−−−FIN−−−−