#172/1165 ●連載
★タイトル (yc8 ) 03/09/24 19:33 ( 79)
"呪いと奇跡と祝福と"その2
★内容
いばらの冠の老人
二十六歳の秋、太陽が真っ赤に染まる頃、クリケは故郷リュネイル王国に帰ってき
た。この時、剣を帯びていた事を理由に国境で「君は何人か」という的外れな訊問を受
けた。クリケは元来無口な青年であるが、「何人もくそもあるか」という返答をした為
に危うく斬り合いになる処だった。しかし、国境警備隊にクリケの昔を知る軍友がいた
おかげで流血騒ぎは起こらずに済んだ。クリケは長々と国境警備隊の隊長から叱責を受
け、開放された。
日々、こんな調子である。国境での事はクリケの士気を取り分け削いだ。人と交わる
事を厭わしいと思う様になる。
そんな気持ちでいると、幅が広く平坦に真直ぐ伸びる街道にまで腹が立ってきた。正
確に言えば、そういう舗装された道をただ歩いているだけの自分自身に腹が立った。し
かし、始末の悪い事に、意図的に道から外れようとすれば、何処からともなくクリケの
耳に嘲りの笑い声が響いて来るのだ。
村はまだか。
クリケは遠くを振り仰いだ。遠くに「最果て山」がある筈だが、日が暮れて群青色に
染まった空と陰になった険峻な山が同一色となり、判別がつかなくなっていた。街道は
なだらかに隆起した丘を上って行く。丘の向こう側は暗くて見えなかった。
「おーいぼれ爺は何処へ行く。おーいぼれ爺は何処へ行く」
クリケは驚いた。さっきまで誰も歩いていなかった街道を様々な人が往来している。
色とりどりのドレスで身を飾る貴婦人、リヤカーを曳く行商人、百姓、学者、冒険家、
多士済々。その中で一人だけ声高に謡う老人がクリケの目を惹いた。いばらの冠を被
り、かつては純白であったろう白い布を身に纏った老人である。
「ほい、剣の使徒殿がお気付きじゃ。挨拶せよ、挨拶せよ」
パラリィ、パラリラ…。
クリケの脇をトランペットを吹きながら道化が歩いて行った。
「現実と夢の狭間クリンシュケルにようこそ!」
いばらの冠の老人が言った。
「ソナタはクリケ・レードであろう。知っておるよ、ソナタの事は」
何本かのいばらの棘がパチパチッと弾けた。
「何だって?」
クリケは老人の言葉の意味するところが理解出来ず、戸惑った。
「ソナタにとっては初めての体験じゃろう。いやなに、ワシがソナタを呼んだのじゃ
。」
黄ばんだ入れ歯が見え隠れした。赤、白、黄緑、黒。それぞれ彩り鮮やかなドレスの
貴婦人達が老人の側を通る度に会釈していった。クリケはちょっとのぼせ上がってしま
った。
「爺さん、あんたは何者だ?」
「蜘蛛のように幻想の編み糸を張り巡らし、七色の光を一つに纏める。人呼んで、いば
らの冠の老人でござる」
ちらっと一人の貴婦人がクリケを見た。
「あんた、魔法使いだな」
どっ、と歓声が上がった。さっき通りすがって行った道化が戻って来ていて口笛をヒ
ュウヒュウと鳴らした。いつのまにやら誰もが歩みを止め、クリケの周りを所狭しと取
り囲んでいる。
「ただの老人ぞ、ただの老人ぞ」
いばらの冠の老人が愉快に笑いながらクリケの近くに寄って来た。観衆が老人の為に道
を開けた。プーンと蜂蜜の匂いがした。
「爺さん、何でこんな事をする」
「こんな事?こんな事とはどんな事じゃ」
老人は袂からハンカチを取り出し、チーンと鼻をかんだ。ぐしゃぐしゃと顔を擦る。
「ワシがソナタを呼んだ事か?それともこの御婦人の事か?」
老人はハンカチを仕舞うと、一人の若い貴婦人の手を取り、恭しくお辞儀をした。貴
婦人はくすぐったそうに笑い、そっと老人の手を返した。
「何故俺に構うのか、という事だ」
クリケは少しイライラした。
「ワシは剣の使徒を探しておる。この世から無用な苦しみを拭い去り、今ワシが描いと
る様な世の中をもたらす剣の使徒を。ワシはソナタを選んだ」
「聞いた風な事を言う」
クリケは剣を引き抜くと、刃を老人の首筋に当てた。老人が目を剥いた。
「何をする。ワシのそっ首を刎ねればソナタの気が安らぐのか?それともソナタは人の
ために生きるのは間違いというのか?」
「俺はどれほど人が醜いモノかを知っている。俺はどれほど自分が汚いか知っている。
俺に出来る事は何も無いんだ」
道化がクリケを汚い言葉で罵り笑った。しかし、他の観衆はただため息をつくばかり
であった。
いばらの冠の老人。
「ワシはソナタを笑ったりはせん。生きるとは辛いものだ。しかし何時か、ソナタがワ
シの申す事を心徳する日が来る事を信じているよ。せい、今はソナタを開放する」
老人は節くれだった手を握り締めてクリケの額にあてた。老人の握りこぶしから青白
く輝く水滴が何滴も零れ落ちた。
「ソナタがソナタ自身の抱える心の闇に負けてしまわないように。そして、ソナタに本
当の輝きに満ちた世界を知る日が来るように」
老人はクリケの剣を押しやった。そして、袂から一通の封書を取り出しクリケに与え
た。
「これをマインのオルファルリアの許へ届けてはくれまいか。魔法学院を訪ねたまえ。
そうすれば分かる」
老人の姿が急に小さくなった。
パラリィ、パラリラ…。
気が付くと、クリケはただ一人で開けっ広げな街道に突っ立っていた。