#92/1165 ●連載
★タイトル (AZA ) 02/12/02 23:53 (200)
対決の場 24 永山
★内容
(俺も命を投げ出す覚悟、できているつもりだったが……こうして凶悪犯罪に
取り組んでいると、否応なしに死と直面する感じだ。恐怖心を拭い切れていな
い自分を、自覚せざるを得ない)
勝手にため息が出た。部下に目を向け、嶺澤刑事は命を張る覚悟が決まって
いるのだろうか?と考えてみた。考えても仕方がないことだと気付くのに、十
秒近くも要してしまった。
「警部、妙案が浮かびましたか?」
「――いや。残念だが」
近野に意見を求めることも頭をよぎったが、さすがにそこまで頼るのは面子
に関わる。
「私は宿の方で、他の連中の行動に目を光らせるとしよう。お互い、異状に遭
遇したときは、すぐに知らせ合うこと」
麻宮に頼んで、遠山は宿の部屋に移ることにした。当初、嶺澤と若柴が寝泊
まりする予定だった五号室に入る。こうした方が、宿の人間の動きに目を配り
やすい。嶺澤の部屋は、麻宮の屋敷内に用意してもらった。これで少なくとも
夜の間は、近野の護衛の役目は嶺澤が担う。遠山の他に刑事二名が島に乗り込
んできたことは、ヂエに嗅ぎつけられた可能性が圧倒的に高い故、最早隠す必
要もあるまい。
「頑張ってよ、刑事サン。二人死んで一人が行方不明だなんて、縁起が悪いわ。
商売に差し支えが出るかもしれない」
麻宮自ら部屋に案内してくれたのは正直嬉しかったが、付け足されたそのフ
レーズがちくりと来る。遠山は頬をひきつらせながら、曖昧にうなずいた。自
信を持ってうなずけない己が歯痒い。
そのまま行こうとする麻宮を呼び止め、「面城薫の話を聞きたいのだけれど、
まだ無理かな」と尋ねる。
「そういえば、殺しが続いたせいで、うやむやになっていたわね。切り出しに
くかったんだけれど、聞いてみたわ」
「どうだった?」
「あとにしてもらいたいって。当然よね」
「そんな。殺人事件が起きているんだ、協力くらいしてくれても罰は当たらな
いと思うんだ」
「あ、言ってなかったかしら。彼には伝えていないのよ、殺人事件が起きてい
ること」
「何だって」
口を開けっ放しにしてしまった。犯罪捜査に使命感を燃やす遠山にとって、
信じがたい処遇だ。
「変な顔」
麻宮が言って、遠慮なく笑った。指差された遠山は少なからず赤面したが、
一緒になって笑うことでどうにか立ち直る。
「君にはかなわないな。知らせてないのはつまり、面城さんを絵に集中させる
ためかい?」
「分かってるんじゃない。ご名答」
喜色を露にした麻宮。ここが宿の中でなかったなら、盛大な拍手をしたかも
しれない。自然とそう思えるほど、彼女は満足げだ。
「分かってくれたんなら、あきらめてくれる?」
「そうは行かないよ。最終的には事情を聴取しなきゃな」
「やっぱりね」
ため息混じりに、麻宮。少しうつむき、目を伏せがちにした。遠山にとって
それは、高校の頃を思い起こさせる仕種だった。
麻宮は急に面を起こすと、一見分からないくらいの微妙な確度だけ、首を傾
げた。
「何だか、昔を思い出すわね。こうして話していると」
「……残念だけど、君と二人きりで仲よく会話した記憶はないな。もっと大勢
で、馬鹿話をしたことならいくらでもあった」
「そうだったかしら。覚えてないわ。楽しい思い出ばかり残っている」
遠くを見るような目つきをした麻宮につられ、遠山もノスタルジックな気分
に浸りかけた。しかし、刑事である彼は現実から逃れられない。直後に、深い
ため息をつくと、「捜査に戻るよ」と宣言した。
「面城さんの件は、ほんと、なるべく早く頼むよ。こんなこと言いたくないが、
場合によっては疑いの目を向けざるを得なくなる」
「面城君のアリバイなら、多分、私が証言できるわ」
「それとは別に、彼自身の口から話を聞きたいんだ。時間は大して取らせない
から。面城さんに言っておいてほしい」
「……分かったわ。遠山君の顔を立ててあげる」
麻宮の口ぶりではどこまで真剣なのか分からないが、遠山は額面通り受け取
ることにした。大事件発生下の現在、些末な問題をいくつも抱え込んでいては
にっちもさっちも行かなくなる。
「この部屋を事情聴取に使いたいんだが、いいかな?」
「今さら気にしなくていいわ。他のどの部屋でも同じことよ」
「助かる。それから……くどいかもしれないが、麻宮さんもくれぐれも注意し
てほしい。ヂエが予告とは食い違う行動を見せ始めて、次に誰が狙われるのか、
分からなくなってきたせいもあるけど」
「遠山君にぴったり引っ付いていれば、問題ないんじゃなくて?」
言って、ころころと笑う麻宮。自分の宿で大事件が展開しているというのに、
随分と気楽な態度だ。ただ、遠山にしてみれば、嬉しい一言であったのもまた
事実。
「そうしたいところだが、事情聴取に同席させる訳には行かないんだよ。屋敷
に戻ったら、近野と一緒に嶺澤刑事がいるはずだから、彼に守ってもらうんだ」
遠山がどうにか威厳を保ってそう告げると、麻宮は肩をすくめ、微笑みを残
しながら部屋の外へ。
「送ってくれないの?」
「あ、ああ、そうだな」
遠山も慌てて廊下に出た。
「……拳銃、持ってるのかしら」
「持って来た。相手が相手だからなあ」
彼女の問いを意外に思いつつ、正直に答えた遠山。麻宮は無邪気な態度のま
ま、見せてと頼んできた。
それくらいなら。遠山はスーツの前を開け、懐のホルダーを示した。
「手に取らせてはくれないのね」
「それはまあ……。今は事件発生下だし」
事件が起きていようが平時であろうが関係ないのだが、麻宮相手だと、意識
がつい甘くなってしまう。
「あら。上着の下に、こんなしっかりと留めてあるんじゃ、いざというとき、
役立たないんじゃない?」
「充分に訓練を積んでいるから大丈夫さ」
遠山はスーツを戻し、心持ち胸を張った。虚勢だった。たとえば、たった今
ヂエから襲撃されたら、冷静に対処できるかどうか……。銃のことが頭にある
この瞬間でさえ、自信がない。ふっと気を緩めたときを狙われれば、自分はひ
とたまりもなくやられてしまうのではないか。そんな恐れを抱く。
もっとも、これは考えすぎかもしれないと思わないでもない。ヂエの犯行の
手際のよさに呑まれ、化け物視してしまっているところがある。相手を等身大
に捉えることで、自信を取り戻さねば。
こんな始末だったから、宿の外に出る刹那は大いに警戒した。上下左右、そ
して前方を睥睨し、怪しい人影の不在を点検確認。さすがに銃は構えないが、
不意を衝かれてもいつでも抜けるよう、意識を集中した。
夜に踏み出し、二人並んで、いや、遠山がほんの少しだけ彼女のあとに着き、
目を配りながら、屋敷に向かう。
警戒した分、普段よりも時間を要したが、無事に着いた。懸念が杞憂に終わ
り、独り、ほっとする。宿と屋敷から漏れる光のおかげで、思ったよりも明る
かった。
「何かあったら、まずは嶺澤刑事に知らせるんだ。足に怪我を負ってはいるが、
彼は頼りになる。僕同様、銃も所持しているしね。面城氏がどのくらい戦力に
なるかは知らないが、近野だって非力ではない。みんなに助けを求めるんだ。
いいね」
「無条件で男性に頼れっていう論調は、ちょっと気に入らないけれども。まあ、
分かったわ」
一旦はそう返事し、屋根の下に入りかけた麻宮。だが、寸前できびすを返し
た。表情は逆光で見えにくいが、笑っているようだ。
「遠山君。悲鳴が聞こえたら、あなたも飛んで来てよ」
「あ、当たり前だ。人を安全を守るのが自分の仕事なんだから」
相手の顔が見えないのに、気恥ずかしさを覚えた。恐らく、麻宮からは遠山
の表情がよく見えるに違いない。昔からの想いを芯まで見抜かれた、そんな気
分を味わった。
「頼りにしてるんだから」
麻宮は軽やかに言い置くと、丈の長いスカートを翻し、屋敷の中に入ってい
く。目に映る彼女の後ろ姿が、徐々に小さくなり、見えなくなってからも遠山
はしばらく立ち尽くした。
「――早く戻らんと」
つぶやき、駆け出した頃には、約三分が経過していた。
宿に引き返した遠山が、容疑者として真っ先にマークしたのは伊盛だった。
根拠には欠けるが、ヂエの遠山に対する執念・執着を考えれば、当てはまる
のは伊盛を除いて他にない。伊盛以外の面々は、この島で遠山と初めて顔を合
わせたか、もしくはこれまでにヂエに殺された人々の関係者というだけで、関
連性が薄い。
(伊盛がヂエなら、見張っていれば犯行を防げるだろう。自分が五号室で、伊
盛が二号室。やや離れているが、四号室は空だし、三号室も宿泊客の八坂が死
亡してしまったから、見張るには都合がいい。六号室は空室、一号室の面城は
屋敷の地下で絵描きに没頭しているようだから、他人に注目される心配もあま
りしなくていいだろう)
目算を立て、遠山はまず自室に入りかけ、そこで閃いた。
(八坂の部屋を調べる名目で、三号室にこもった方が、より見張り易いんじゃ
ないか? 伊盛が部屋を出たときは、着いて回るしかないが、部屋にいるとき
はなるべく近い方がよかろう)
身体の向きを換え、三号室に向かう。そしていかにも現場の調査を再開する
かのように、「見落としがないか、ちゃんと調べないとな」などとつぶやいて
みた。伊盛が犯人だとしたら、聞き耳を立てている可能性もある。
しかし、独り芝居もじきに中断した。伊盛が在室であることを未確認のまま
だったからである。
(いかん。どうも焦っているな。さっき、彼女に色々言われたからかな)
麻宮の姿を思い浮かべた。かつての彼女と現在の彼女のバストショットがそ
れぞれ揺れながら近付き、オーバーラップしては、また離れる。
同窓会気分を残しているらしい己の心理に驚き、呆れた。状況の深刻さを顧
みれば、苦笑いの一つも出て来ない。この場に誰か相手がいれば、頬を張って
もらいたい。現実には、周りに誰もいない。
遠山は自ら両頬を両手で叩いた。廊下にぺちぺちと乾いた音が響く。
気を引き締め直した彼は、二号室のドアの前に立った。そうして、ノックな
のか、歩いているときにたまたま手が当たったのか、曖昧模糊とした音をさせ、
三号室の方向にゆっくりと去る。
耳をそばだて、背後に神経を集中させたが、二号室のドアが開く音は起きな
かった。不在か。あるいは、熟睡しているのか。時刻が時刻だけに、後者の可
能性も捨てきれない。
(参ったな。急いてはことをし損じると言うが、今のは全くの準備不足だった。
伊盛の居場所を確かめないことには、始まらない)
まだ冷静になれていない。近野や嶺澤にサポートしてもらってきた部分の大
きさを、半ば無意識の内に感じる。自分の力のみでは、ろくな調査もできない
のではないか。自信喪失しそうになる。
(こんなに夜遅くては、他の人に伊盛の居場所を知らないか、聞いて回るのも
無理があるし……。畜生、せめて伊盛を疑うに充分な情況証拠でもあれば、も
っと強引に振る舞えるのだが)
躓きの連続に落ち込み、内向的になった思考回路を変転させねば。頬を叩い
て効果がないのならばと、深呼吸を三回続けてやった。
(伊盛が犯人であるなしに関わらず、ヂエが狙うのはこの宿泊客のはず。近野
の警護は嶺澤刑事を信じよう。自分はこちらに集中すればいい。伊盛を除くと、
狙われるのは角と面城。面城は屋敷の地下にいる。あそこに人知れず侵入する
のは、いかにヂエでも不可能のはずだ。よって、只今自分が守るべきは、角一
人と言ってもいい)
遠山は、角の所在を明らかにすべく、七号室に足を向けた。もはや深夜だか
らという遠慮やためらいはない。怯まず、ノックをした。たとえ不機嫌な顔を
されても、事件解決のためだの一点張りで行こうと決め、返事を待つ。
ところが、およそ三十秒も待ったのに、中からの応答はなかった。結構強く
ドアを叩いたつもりだが……とかすかな不安を覚えながらも、遠山は再度ノッ
クしてみた。最前よりもさらに強めに。
ノックの音が吸い込まれるようにして消え、あとには静寂の間が残る。
(――何故、返事がないんだ?)
耳鳴りを感じた気がして、かんしゃくを起こした風に頭を振った遠山。解せ
ない。女性が旅先で一人、深夜に部屋を出て、どこへ行ったというのだ。
ドアノブに手を掛け、回してみる。簡単に回った。力を入れる必要もなく、
扉が開いた。室内が消灯されているのは、当たり前なのか否か……。
遠山は片手で壁をまさぐり、スイッチを入れた。もはや部屋の主がここにい
るとは思えない。だが、明かりを得た室内に視線を一応走らせた。
(やはり、いないのか! くそっ)
声音と化して飛び出そうな雑言を飲み込み、最良の行動を採るべく考える。
まず、基本的な判断を迫られた。角は部屋を自分の意志で出たのか、それと
も連れ去られたのか。
「部屋を見る限り、争った様子はなし」
つぶやくことで、確信を強める遠山。
――続く