#5/1165 ●連載
★タイトル (GSC ) 02/02/08 11:49 (160)
わたしのナツメロ物語 (30 最終回) 竹木貝石
★内容
春日の他に春日無し
私も既に64歳、老い先短くなったものだ。
往年の名歌手たちも、今や大方この世に居ない。
そこで、日本の5大流行歌手につき、再びここで言及しておきたい。
以前に私は、客観的な人選として次の5人を挙げたと思う。
東海林太郎、藤山一郎、岡晴夫、美空ひばり、三橋美智也。
人気、レコード売り上げ、ヒット曲数、歌の巧さ、活躍期間の長さ、個性と品格…
…、これらを勘案すると、確かに上の5人は歴代歌謡曲歌手の中でも抜群であろう。そ
のさい、私は5大歌手の中に、あえて春日八郎を加えるのを遠慮した。それは、私が春
日の大ファンだったからで、私個人の好き好みをなるべく入れないようにするつもりで
あった。
ところが、この年末年始、私は春日八郎の多数の歌をMD(ミニディスク)にダビン
グ(コピー録音)することが適い、約一ヶ月の間その作業をしながら春日八郎の歌を聴
いていて、「彼こそが真の歌謡曲歌手に他ならない」と確信するに至ったのである。す
なわち、上記5人に勝るとも決して劣らないのが春日八郎の歌であった。
私は春日八郎の歌の中でも『小雨の駅にベルが鳴る』と『海の純情』が大好きで、学
生時代の昔、乏しいこづかい銭をはたいてSPレコードを買い、先輩や友達の家の蓄音
機でよく聴かせてもらったものだ。けれども、そのSPレコードはすり切れてまるで針
音ばかりを聴いている感じだし、今ではSPレコードを聴く為の蓄音機やプレーヤーが
何処にも無い。
私は2枚組LPやCDを買って持っているが、その中に無い歌で、上記の2曲以外に
も、是非欲しい歌が何曲かある。
20年ほど前に、5枚組、10枚組、20枚組などの春日八郎の記念レコードが発売
され、CDにも復刻されていたらしいが、当時の私の家計でそれを購入する余裕などな
かった。喉から手が出るほど欲しいレコードでも、買う金が無ければ諦めざるを得な
い。「今なら幾らでも買えるのに」と思うと、残念でならないのだ。
話を昨年12月末に戻す。
私はふと思い立って、『名古屋カラオケ同好会』の会長(世話役)であるS君に電話
をしてみた。
「大分以前のことだが、回覧テープの中に春日八郎の『月夜烏』を録音してくれたこと
があり、あの歌をもう一度録音して欲しいんだが…。」
と頼んだところ、数日後にカセットテープ3本を郵送してくれて、その中に、なん
と! 春日のデビュー当初から初期のレコードが多数録音してあった。
20枚組のLPをCDに作りなおしたのだろうか、春日八郎の歌320曲をカセット
テープに録音した物を、S君が知り合いからもらってあったと言い、そのうちの3本を
郵送してくれたのである。デビュー当初の春日の若々しい歌声を、私は強い感動と深い
感慨をもって聞き入った。
題名だけしか知らなかった歌『伊太郎崩し』『次郎長時雨』『涙のジャガタラ船』
『舞鶴物語』…、かつて隣家のラジオから流れる歌声に耳を傾けた『男なりゃこそ』
『赤城時雨』『嘆きの城ケ島』…、なけなしのポケットマネーをはたいて買ったレコー
ドの『街の霧笛』『若い船頭さん』『小雨の駅にベルがなる』『海の純情』『舟歌月
夜』『月夜烏』……。
一言ではとても説明できないが、春日八郎の歌謡曲こそ名人芸というしかない。独特
の音色に個人的な好き嫌いはあるにしても、張りのある美しい声は他に比類がなく、速
くて切れ味鋭い小節は誰にもまねの出来ない天性の巧みさだ。そして、今回新たに気が
付いたことは、春日の上品な発声方による綺麗な日本語である。のびのある声、見事な
節回し、爽やかな日本語! この三拍子揃った歌を鑑賞することができて、私は幸せい
っぱいである。
春日の歌は、大衆に親しまれると共にプロ好みの歌謡曲ではないだろうか?
フランク永井が、かつてテレビで次のように言っていたことがある。
「私はジャズが好きで、歌謡曲には全く興味がなかったけれど、春日八郎さんの『別れ
の一本杉』を聴いて、歌謡曲にもこんないい歌があるんだ! と感激して、それから歌謡
曲を歌うようになりました。」
春日八郎、三橋美智也、村田英雄の3人が出演した番組で、村田が次のように言って
いたのも覚えている。
「春日さんは、私が舞台でいくら一生懸命歌っていても、袖の方でにやにやしながら
『まだまだ駄目だな』という表情で見てるんだよね! それがどうやら認めてもらえるよ
うになったのは『王将』がヒットしてからだったよ。」
フランクも村田も大歌手であり、人気や歌唱力は勿論一流である。その二人よりも春
日の方が多少先輩であるとはいえ、大先輩というほど年齢は離れていない。むしろ同僚
か競争相手ともいうべき歌手から評価・賞賛されるということは、春日の歌の中に追随
を許さない巧さがある証拠なのだ。
林伊佐緒は春日よりもはるかに先輩である。記念レコードの中で、その林が春日を次
のように褒めているのは、『長崎の女』の作曲者としての社交辞令ばかりではないと思
う。
「春日君は我々と同じ歌仲間だが、声がいいね! 30年経っても若い頃の声と変わらな
いというのは恵まれてる。歌もまあ一番巧いんじゃないかな。」
さて、年末から新年に掛け、私はS君から借りたC90のカセットテープ13本をM
Dにダビングした。凝り性の私のことゆえ、音量・音質・1枚あたりの曲数・マーク付
け・ラベル貼り等、随分念入りに行い、さらに予備(バックアップ用)のディスクまで
こしらえた。
そこへ札幌の知り合いから電話があり、話のついでに、春日のLP10枚組レコード
を貸してくれることになった。先の20枚組(320曲)と同じ歌も当然重なっている
筈だが、テープからの再コピーよりもLPから直接録音の方が音質は鮮明である。それ
に加えて、私が持っていたLPやCDからも抜粋して、MDディスクが合計40枚にも
なった。
さらに、S君の紹介で、京都に住むナツメロマニアT氏から、春日八郎の『CDにな
いマニア曲』並びに『未発売曲』のMDを2枚ずつもらった。
という訳で、長年求めていた春日の歌はほぼ全曲手に入ったことになり、私は毎晩の
ようにMDを聴きながら眠りに就いている。
主な曲、好きな歌につき、それぞれ細かくコメントを書きたいところだが、述べ始め
たら果てしなく続きそうな気がするので、私の好きなベスト20を紹介し、後は若干の
感想に留めることとする。といっても、好きなレコードが日により心境によって変わっ
てくるから、一概には決めがたいものがある。
1 小雨の駅にベルが鳴る:やはりこの1位は変わらない。高音の声の美しさ、小節
の切れ味とスピード感は無類。
2 博多流し:声の若さと張り、うらぶれた感じ。
3 山鳩峠:今回新発見の曲。短調と長調の切り替え、それに伴う表現の変化。
4 流れる涙:今回再発見の曲。最高の美声、抑えた悲しみ。
5 海の純情:完璧な音程と小節の回し具合。
6 お富さん:伴奏音楽への乗り、気品の中に漂う憂愁。
7 涙のジャガタラ船:今回新発見の曲:曲の美しさと情感。
8 裏町夜曲:伴奏との調和、呼吸の長さと小節の妙。
9 街の灯台:わびしさ、小節の切れ味。
10 下町坂町泣ける町:呼吸の長さと溢れる情緒。
11 月夜烏:メロディー、寂しさ。
12 ギター流転:曲の流れに伴う声の高低。
13 俺は野良犬:今回再発見の曲。高音の張り、孤独感。
14 別れの裏町:正確な音程と節回し。
15 泣きべそギター:片隅の人生…。
16 雨の裏町:曲と歌詞と歌声の調和。
17 流転烏:自由奔放。
18 街の霧笛:強く張った声。
19 ひょうたんブギ:伴奏の和音、軽快さ。
20 別れの波止場:自在な表現。
このようにリストアップしてみると、20位までの順序は気分しだいで簡単に変わり
うるし、他にも候補曲は幾らもある。
捨てがたい歌として、CDで聞き慣れた曲ながら、『赤いランプの終列車』『雨降る
街角』『ギター流し』『別れの一本杉』『あんときゃ土砂降り』『浮き草の宿』『山の
釣り橋』『長崎の女』『ロザリオの島』などがあり、私のCDに無い歌では、『赤城時
雨』『青い月夜だ』『雪之丞変化』『浜松屋』『愛しの千代さ』『故郷は遠い空』『三
味線風来坊』『海猫の鳴く波止場』『風林火山の歌』『草原の狼』『ギター人生』『な
あはっちゃん』『東京の蟻』『風のふるさと』『大阪の灯』等等、枚挙にいとまがな
い。
『流転子守歌』『男の舞台』『苦手なんだよ』『居酒屋』『サーカス人生』『妻恋
峠』…、これらの歌を上位に挙げる人もいる筈だ。
最後に、春日八郎の欠点について触れておく。
レコードが素晴らしい出来映えであるのに反し、彼の実演(ライブ)が非常に下手で
あった。今はもう春日の実演を見ることはできないが、彼の演奏会やラジオ・テレビの
出演で、満足に歌えたことは少なかった。
人一倍上がりやすい性格とも思えないし、耳が悪い筈もないだろうから、理由が何で
あるのか不明だが、私が思うに、春日八郎は多分マイクロフォンの使い方が下手だった
のではないか、あるいは、マイクロフォンを軽視していたのではあるまいか。
NHKの紅白歌合戦などでも、春日はしばしばマイクを自分で胸の高さにまで下げて
しまうのを見かけたとのこと。なるほど春日の声は大きいけれども、マイクをあまりに
遠ざけると、その分声を張り上げねばならないから、当然音程がうわずるし、ビブラー
トも大げさにせざるを得ない。おそらくこれが実演を狂わせる要因だったと私は想像し
ている。
では、レコード録音は全て完璧かというと、必ずしもそうではなく、よく知られてい
るのは、春日の声がひっくり返っている歌である。『トチチリ流し』は極端な例で、他
に『苦手なんだよ』『妻恋峠』『博多流し』『海の若人』でも、僅かに声の裏返った箇
所がある。
音程に関しては私が一番気にする所であり、どんな歌手の歌にも、3分間のレコード
の内には、必ずほんの一瞬ながら歌に乱れが在るものだ。
欠点の少ない歌手として感心するのは、藤山一郎、灰田勝彦、美空ひばり、コロンビ
アローズ(初代)、若原一郎らであり、春日八郎はむしろミスの多い方かもしれない。
けれども、その欠点を補って余りある魅力を、春日の歌は備えているのである。
昭和30年頃、「演歌」という言葉を私は初めて聞いた。
「民謡調の三橋美智也、浪曲調の三波春夫・村田英雄、そして、演歌の第一人者は春日
八郎」
と言われたものだ。
近年「演歌」という言葉は従来の「歌謡曲」や「流行歌」と同じ意味で、ポップスや
ニュー・ミュージックなどのジャンルと対比して使われるようになったが、本来の「演
歌」は、はかない恋の歌・悲しい別れの歌・わびしい流しの歌や酒場の歌・一夜限りの
マドロスの歌・明日をも知れぬ無宿者の歌・遠く故郷を偲ぶ歌…、それらを切々と歌い
上げたものである。
正に春日八郎の歌こそ演歌の中の演歌であって、春日の前に春日無く、春日の後に春
日無しと言って過言でない。
[2002年(平成14年)2月8日 竹木 貝石]