#1/1165 ●連載
★タイトル (AZA ) 01/11/03 00:20 (199)
U.L. 〜 the upper limit 〜 11.侮るなかれ 永山
★内容 03/01/07 23:04 修正 第2版
ここまでに、遺漏はない。カシアスはコルテツの様子――苛立つ気配もなく、
黙って待っている――を窺ってから、次の思考に進んだ。
(となると、第四戦が重要になってくるか。えっと、どうなるんだ? 第四戦
で、X枚を残していたら、X+1通りの握り方がある訳だな。敵を惑わせるに
は、その組み合わせが多いほどいいから、第三戦まではあまりマッチ棒を使わ
ず、四戦に取っておくという作戦が、まずあり得る)
ここで再度コルテツを横目で見ると、視線を避けるかのように背中を向けた。
マッチ棒の勘定を始めた模様だ。
(これ以上、待たせるのはまずいかもしれない。第一、俺自身、グレアンを探
すためにこんなことをやってるんだから、急がなければ意味がない。
ただ、このゲーム、意外に奥が深そうだ。もう少し考えれば、もっといい作
戦を見つけられそうな気がする。逆に、考えれば考えるほど、複雑な思考の迷
路にはまりこんでしまうよう気も……。
たとえば、恐らくコルテツは、このゲームについて知り尽くしている。俺が、
後半にマッチ棒を残す作戦を採ることも、読んでいるかもしれない。もしそこ
を衝かれたら、どうなるのか? 合計本数の予想では、向こうが圧倒的に有利
に立つ。こっちは一度失敗すれば、心理的に追い込まれかねない)
なかなか決められない。いくら制限時間が定められていないとは言え、プレ
ッシャーを覚えた。
(仕方がない。初回は様子見で行く)
カシアスはメモ帳に5と書き付け、手には一本だけ握った。
(十九本残しておけば、仮に初戦でミスを犯そうと、修正可能だろう)
後ろ向きの考え方は好みではなかったが、コルテツの出方を見るには、これ
が最善の選択とも言える。カシアスは、立会人とコルテツの双方に、目で合図
を送り、「いいぜ」とつぶやいた。
カシアスとコルテツは立会人に予想を記した紙を手渡す。それから、ともに
右の拳を前方に突き出すと、立会人のかけ声で、いちどきに開いた。
カシアスの手の平にはもちろん一本、コルテツの手の平には……一見しただ
けでは分からないほどの本数が握られていた。
(初回から、あんなに握ってくるとは……)
カシアスは焦りの色を隠しながら待った。立会人が数え、コルテツは十七本
と判明。
次いで、立会人は予想の紙を開く。確認の後、文字の書かれた面を対戦者二
人に向けた。
「この通り、コルテツは22、カシアスは5とある。実際の本数は双方を合わ
せると十八。よって今回の差はそれぞれ四と十三である」
一回戦迄 賭け数 予想(ポイント) 合計ポイント 残り本数
カシアス 1 5 (13) 13 19
コルテツ 17 22 ( 4) 4 3
「参ったな」
多少の強がりもあって、カシアスは故意に声を出した。
「まさか、いきなり十七本も賭けてくるなんて」
「それが狙いだよ。だが、残念だな。てっきり、五本を賭けてくると思ったの
だが、外れてしまった。このゲームを初めてやる者は、たいてい五本から行く
んだが、さすがに勇名を馳せるカシアスだ」
コルテツは余裕の笑みを覗かせ、手の中で残りの本数を確認する動作を繰り
返した。
「さて、次の勝負と行こう。早く済ませたいんだろう?」
「あ、ああ」
いかん、すっかり相手のペースだ……と頭を振ったカシアス。十九本のマッ
チ棒を握りしめ、対策を練る。
(相手の残りは三本。次に賭けるのは0か一だろう。三本全てや二本は、まず
ない。何故なら、三回目以降の勝負では少なくとも二本、残しておかないと、
圧倒的に不利になる。賭けるか賭けないかを、対戦相手に見破られないように
するためには、絶対に二本はいる)
相手の本数に大体の見当をつけると、カシアスは己の賭け数を考える。
(コルテツの裏を掻くには……一回目と同じ、一本で行くか? しかし、奴は
さっき俺が一本だけだったのを見て、こう考えたかもしれない。『カシアスの
野郎は、なるべく多くのマッチ棒を残す作戦だな』と。だとすると一本はまず
い。最低でも十本は賭けたいところだ)
マッチ棒を二つに分ける。右手に九本、左手に十本となった。
(この回でコルテツに追い付くには……十本でいい。もちろん、絶対とは言い
切れないが。差は九。コルテツは予想値として二を出してくる公算が大。俺が
十本を握って、合計は十一と予想すれば、一気に同ポイントに持ってこれる)
推論を積み重ねる。だが、どことなく不安定だ。自信や確信を持てるまでに
は至らない。
(嫌な感じだ。こういう俺の思考を、コルテツに全て読まれているような気が
してきた)
敵はどうしているかと見ると、すでに予想を書き終えたようだった。立会人
と何やら四方山話に花を咲かせている。
(くそっ、身分の違いを感じさせられるぜ。囚人同士の勝負なら、立会人とあ
んな無駄口を叩くことは許されないはずだがな)
カシアスは目を閉じ、冷静さを取り戻す。迷いを断ち切り、直感的に決めた
数字を紙に書き付けると、マッチ棒を握った。
両者の手の平が開かれ、立会人の審判が下る。
「紙にはコルテツ12、カシアス18とある。実際の本数は三と十五。合計は
18になり、その結果コルテツは6ポイント、カシアスは0ポイントである」
二回戦迄 賭け数 予想(ポイント) 合計ポイント 残り本数
カシアス 15 18 ( 0) 13 4
コルテツ 3 12 ( 6) 10 0
「やっぱり、三本全部握ってきたな」
カシアスは読み切ってやったぜという顔つきを故意に作り、親指を立てて挑
発気味に言った。
「分かっていたというのか」
コルテツの表情に変化が見られた。強張っている。声の調子も低くなった。
「ああ。俺の裏をかくには残りの三本全てを握るのが、最も効果的。あんたは
そう考えたんだろう」
「ふん、その通り。あと四回勝負なのだから必ず残すはずだと読む。それも、
二本は残すと予想するのが普通だ。それをおまえ……見事に裏をかいたな」
「誉めてもらって礼を言いたいところだが、勝負は終わっちゃいない。コルテ
ツさん、0本でも続けるんだろう?」
「無論だ。こっちがまだ勝っている。残り三回、いや、正確には二回の予想を
誤差二の範囲で凌げば、私の勝利が確定する」
「同点に持ち込んで、延長戦というのもあるな」
「そんなことは考えておらんぞ、カシアス。延長するまでもなく、勝ってやる」
自信を回復したらしい。コルテツは強い調子で言い切った。
「望むところだ。俺も早く、知り合いに会いたいんでね」
カシアスは緊張感を高めつつ、余裕の笑みを作ってみせた。
(あり得る数は……)
コルテツは、カシアスの方を凝視しながら、心中で検討を急いだ。いや、実
のところ、コルテツはこれまで何度となくシミュレーションを重ねている。こ
のマッチ棒のゲームに関して言えば、彼はベテランなのだ。故に今からする思
考は、単なる確認作業に過ぎない。
(0、1、2、3、4の五通りだ。いくらカシアスが意表を突いてくると言っ
ても、4はない。残りの四本全部を次の回に賭けて、私の予想が2、3、4の
いずれかであれば、奴の敗北が決定。危険が大きすぎるだろう。
3のときも同様だ。三本を賭けて、私の予想が2、3、4のいずれかなら、
私は三回戦を終了時点で最悪でも11ポイント。カシアスは13ポイント。カ
シアスは一本だけ持って四回戦に臨む訳だが、予想する数は0か1のみ。つま
り、私は第四回戦が終わった段階で最悪でも12ポイントにしかならない。勝
ちだ。
奴が二本握ったならどうか。先に四回戦を考えよう。二本残しのカシアスは、
0、1、2の内から選択するほかない。だから私は予想を1とすれば、最悪1
ポイント上乗せだけで終われる。これを踏まえて三回戦の時点に立ち返ると、
1ポイント分の余裕が俺にはある訳だ。私は1、2、3のいずれかを予想値と
して選べばよい。
カシアスが三本を残して四回戦に臨むなら、私は最悪2ポイント上乗せされ
る可能性がある。換言すると、三回戦で予想を的中させる必要がある。この場
合なら、私は三回戦で1と予想するのが絶対条件だ。ただし、引き分け延長を
許容すれば、0、1、2のいずれかでかまわない。
ここまでで、私は次に2を予想すれば、少なくとも負けない。
ならば、カシアスが三回戦でマッチ棒を全く賭けないとしたら? 四回戦で
私は最悪2ポイント上乗せされる可能性がある。引き分け許容の条件下で、私
が三回戦で予想すべきは、0か1。
全てを検討すれば、三回戦での私の予想値は2が本命、1が対抗といったと
ころか。他の数は選ぶ余地がない。
そして、カシアスほどの者なら、この理屈を完全に承知しているはずだ。何
よりも負けの確定を恐れるに違いないカシアスが握る本数は、まず0か1。よ
って、私は1を予想値とする。これがセオリーだ)
コルテツは再度、カシアスを睨みつけるように見た。特に、その手の高さ辺
りをじろじろとなめ回すように。もちろん、カシアスはコルテツに背を向けて
おり、実際に手がどの位置にあるのかは分からないのだが。
(カシアスは、この私の思考をも読んでいる。そういう奴だ、おまえは。これ
までの二回勝負で、身に染みてようく分かったよ。おまえは次に四本を握り、
引き分け延長を確定しようという思惑なんだ。仕切り直せば、勝機が広がると
いう理論だ。その裏を行こう。私の予想は)
コルテツは紙に2と書き付けた。少し間を置いて、カシアスも振り返る。
「双方、用意はいいな?」
立会人が判定に入る。
コルテツのマッチ棒が0本になった今、関心事はカシアスの賭け数のみ。そ
の手の平に、コルテツの視線が吸い寄せられる。
「これが俺の選択だ」
カシアスは視線が向くのを待っていたかのように、すぐに手を開いた。
「……0!」
手の中は空っぽだった。コルテツの歯ぎしりの音が他の人間にまで聞こえる。
三回目迄 賭け数 予想(ポイント) 合計ポイント 残り本数
カシアス 0 0 ( 0) 13 4
コルテツ 0 2 ( 2) 12 0
「1と読んでいたみたいだが、お生憎様だったな」
「やかましい。次が事実上最後の決戦だ」
吐き捨てるや沈思黙考に入るコルテツ。彼の両の眼は最前と同様、カシアス
の手を求める。カシアスが背を向け、見えざる手となっても凝視し続けた。
(まさか0とは。完全に裏を行かれた! ……いやいや。過去のことは捨てろ。
肝心なのは次だ。四回戦。これに勝てばいい。的中させれば私の勝利、一つ違
いで引き分け延長。
数値のパターンは三回戦と一緒で、0、1、2、3、4の五通り。予想値2
とすれば最悪2ポイント上乗せ。――くそぅ! こんなこと考えても無意味な
んだよ、分かってるんだ。最早、直感のみが頼りなんだ。
当ててやる。カシアスの性格を読み切って、的中させてやる)
ともすれば荒くなりそうな呼吸を落ち着け、コルテツは冷静さを保つ。この
三度の闘いを通して、カシアスの性格や作戦の傾向を推し量る。
(初戦は別として、あとの二回は、いずれも私の読みのさらに上を行った。言
い換えれば、考え過ぎこそ我が失敗。極当たり前の手を取ればいい)
そこまで理を積み重ねて、コルテツは頭を抱えたくなった。次の第四回戦で
は、既にセオリーが存在しない状況なのである。五通りの答の中から、勘で一
つを選ぶしかない。
コルテツが思わず、深いため息をつこうとしたそのとき、派手なくしゃみの
音がした。それも続けざまに二回。
「――カシアス、風邪か?」
くしゃみの主であるカシアスに向ける視線が、若干和らぐ。この緊張感のな
さは何なのだ。読み切れず、コルテツはますます困惑していた。
「風邪じゃねえよ」
自嘲気味に笑いながら、カシアスが肩越しに振り返る。
「真剣に考えてるところを悪いな。風邪じゃない。ちょっと鼻がむずむずした
だけさ。二連発は俺の体質なのか、いつものことでね」
そう言って、片手をこめかみの辺りに当てる。
コルテツはその右拳を見て、息を飲んだ。
マッチの頭が二つ、尻が二つ、覗いているのだ。
(奴は四本、握ってる……)
カシアスの右手の動きを目で追う。右手が開かれることもなければ、もう一
方の左手と交錯することもない。
(これは絶好の機会かもしれん。このまま勝負に入れば……)
右手の追尾を忘れず、コルテツは考えた。
(いや。これこそカシアスの引っかけか? 四本握ると見せかけて、実は一本
とか……いやいや、それはない。奴の手持ちは四本。その全てを握って、実際
は減らすなんてことは無理だ。これが二本握ると見せかけて、実際には四本と
いうのなら、まだあり得るが……)
カシアスが立会人に、「俺は準備できました」と殊勝な調子で告げる。右手
の状態は、変わっていない。
(これは思わぬ形で、勝利の女神が微笑んだぞ)
――続く