AWC お題>春が来たよ 麻村帆乃


        
#163/550 ●短編
★タイトル (hem     )  04/04/20  16:52  ( 77)
お題>春が来たよ 麻村帆乃
★内容
「春が来たよ!」

 春休みになると必ずすることがある。
 新学期からの教科書やノートが入るように、本棚を整理する。
 要らないものをまとめ、片付ける。
 それだけの作業なのに1日かかってしまうのは、思いがけず出てきた懐か
しいもの達に気をとられ、いちいち目を通したりするから。
 それもそんな懐かしいもののひとつだった。

「妖精の国入り口」なるべく丁寧な字で書こうとした努力が伺える子供の字。
 私の字だ。
 大きめに書いた見出しの他に数箇所の注意書きがある。
 読んでいるうちにそのころの自分がよみがえる。


 ベットタウンと呼ばれ、開発が進む町。
 そこにすむ子が、家に数人の子供達を呼んだ。
 私も呼ばれた中の一人だった。
 今とは少し時代が違い、ゲームのような家の中で遊ぶ物は少なかった。あ
ったとしても、単純なものですぐに飽きてしまった私達は、外へ飛び出した。
 開発途中のその区画はすぐそばに木々を削ったむき出しの丘がある。
 そこにピクニックに行こうと決まったのだった。
 持ち寄った菓子を未定の目的地で食べることにした。
 流行の歌を歌ったり、おしゃべりが続く。
 そんなときに一人が言い始める。
「妖精って信じてる?」
 運のよいことにそういうものを信じている子が他にもいた。そしてみんな
で『妖精の国』についての話し合いが始まる。
 この山は数少ない入り口の一つ。でも人間の家が建ち始めたため、妖精た
ちは入り口を封鎖することを検討中。
 そんなことを話しながら坂道に差し掛かる。
 手をついたほうが登りやすそうな少し急な坂道。高さは自分たちの身長ほ
ど。実際に登ってみると足元が踏み固められ、階段のようになっている。
「階段みたい…妖精を信じていないならただの坂道になるんだよ、きっと」
 自分達の思い付きで、特別な何かになったように喜ぶ。
「何処かで見ているんじゃない?」
 そこを登ると広場だった。
「運が良ければここで会えるよね」
 そう決めてしばらく探索。見つけたのは何かのフンの様だった。
「野生動物?」
 あまりにも突拍子もない考えなので、人間に見つからないで生きているの
は不自然だと言う考えが浮かぶ。
 それでもごっこ遊びをやめる気はなく、妖精の国の動物が時々こっちに来
ている。と言うことに落ち着く。
 その日はここで菓子を食べた。 
 おすそ分け、と広場の隅に少し菓子を置いて帰る。

 数日後、見に来たときに菓子はなく、食べてくれたと大喜びをした。
 他の場所も探そうと危険だと思われる、急で石がごろごろしている斜面も
登った。
「このがけは、悪い人は登って来られない。守られているから危なくない」
 見下ろしたとき、下のほうで男の子達が数人いた為、そんなことも言った。
 思い切って遠くまで行った日には池を発見した。
「底なし沼。沈むから近づいちゃ駄目」

 遊びは楽しかった。
 みんな何度も足を運んだ。
 信じていない人は連れて行かないというルールもいつの間にか出来ていた。
 けれどその丘で不審火があり、犯人は小学生だと噂されたことをきっかけ
にその遊びは終わりになった。 



 最後に書かれた小さめの文字。
「4月1日木曜日。妖精の国入り口に行きましょう」
 出せなかった誘いの手紙。
 今日だ!
 気付いてしまうとそわそわし始め、片付け始めていたものをもとのように
本棚に戻す。
 これが一番早い。片付けは明日。
 そうして自転車に乗って出かけた。
 あの懐かしい場所は今でもあるのだろうか。
 もしあるのなら、今の自分にはどんな風に映るのだろう。
 忘れていた素敵な気持ち。
 なんだかうきうきしてきた。
 
                               終





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