#131/569 ●短編
★タイトル (ryu ) 03/12/08 16:55 (168)
死神を見た女 葵匠
★内容
腕時計の針は午前一時を回っている。
こんな時間に人を呼び出すなんて、相変わらず非常識な女だと康雄はイラついてい
た。
深夜のファミレスは客も疎ら。一人で遠慮なく四人席を陣取ることが出来た康雄は、
窓からファミレスの駐車場を眺めながら、愛用の煙草に火を点けた。
(それにしても真由の奴、今更俺に何の用だ?)
真由とは半年程つき合った。
肩まで伸ばした薄茶色のストレートヘアー。
吸い込まれそうなくらいの大きな丸い瞳で、ポテッとした唇にオレンジの口紅が良く
似合う。
勤め先のスナックではナンバーワンのホステスだ。
康雄が真由の勤めるスナックへ何度か行くうちに仲良くなり、真由の方から康雄につ
き合ってほしいと言ってきた。
カッコ良くもない平凡な自分に何故真由がそう言ってくれたのか、康雄にはわからな
かったのだが。
真由は明るい子で一緒にいて楽しかったが、自分の思うとおりに物事が進まないと文
句ばかり言う我がままな性格だった。
派手な浪費癖もあり、時々嘘もついた。
それでも最初のうちは康雄も我慢をしていた。
康雄は普通のサラリーマンであったが、真由と違って無駄にお金を使うことを嫌い、
これといった趣味も持たなかったので、給料の四分の一は貯金をしていた。
おかげで生活に困ることはなかったのだが、真由とつき合い始めて事態は一変した。
真由は康雄に、自分の誕生日は高級ブランド品が欲しいとねだったり、生活費に困る
と何度も康雄から借金をしていた。
自分で稼いだ生活費はどうしたのかと真由に尋ねると、病気の母親の治療費に充てて
いるからと真由は目に涙を浮かべながら言った。
しかし、後にそれは嘘だということがわかった。
康雄が真由の友人に話を聞いたところ、真由の両親は十年前に蒸発し、未だに行方が
わからないという。
「結局、俺は真由に利用されていただけなのか?」
もうこれ以上、真由のことを信用出来なくなった康雄は、真由に別れを告げた。
真由は何故、康雄が急にそんなことを言い出したのかわからず、何度も理由を尋ねた
が、
「自分で考えろ」
としか康雄は言わなかった。
こうして真由と康雄の関係は終わった。
それから約一ヵ月後。
真由から電話があったのは一昨日の深夜。
仕事が終わって康雄が自宅へ帰ってきた時、留守電に真由からのメッセージが入って
いた。
「どうしても会って話したいことがあるの」
康雄は気が進まなかったが、一度だけという約束で真由と会うことにした。
「いらっしゃいませ」
ファミレスの店員の声と共に、真由が店内へ駆け込んできた。
「遅れてごめん。最後のお客がなかなか帰ら……」
「遅れて来た理由はいい。早く用件を言ってくれ」
康雄が急(せ)き立てるように言うと、真由は黙って席に座った。
「俺がプレゼントしたその指輪、まだはめているのか?」
真由は頷き、注文を取りに来たウェイターにコーヒーを頼んだ。
二人の間に重い空気が漂う。
真由が座る席の窓ガラスに水滴が付いており、外は雨がポツポツと降り始めていた。
康雄は、黙ったまま下を向いている真由を見ながら思った。
(また金の無心か? それとも別の頼みごとか? いずれにせよ、真由が俺に話だなん
てろくな事じゃない)
真由はようやく顔を上げた。何かに怯えるような目をしており、唇が僅かに震えてい
る。
「あたし、死……」
真由の声が、ファミレスの店内に流れるBGMに掻き消された。
「なに? 今、何て言ったんだ?」
康雄が真由に聞き返すと、真由は涙を流しながら、今度は康雄にはっきりと聞こえる
ように言った。
「あたし、死神を見たの」
康雄は絶句した。
(死神だって?)
また真由は嘘をついている。しかもあまりに見え透いた嘘だ。康雄は思わず鼻で笑っ
た。
「で? 死神には何か言われたのか?」
真由は首を横に振った。
「その死神は、死の宣告でもしたのか?」
「何も言わない。死神は何も言わずにあたしを見つめていた。それで思ったの。あた
し、もうすぐ死ぬんだって」
康雄は、真由の言っていることの意味がよくわからなかった。
(真由はおかしな夢でも見たのか? それとも妄想癖があるのか?)
窓の外の雨は、少しずつ強く降ってきている。
ファミレスの駐車場へ時折入ってくる車のヘッドライトがぼやけて見えた。
「それで?」
康雄は煙草の火を灰皿の上で揉み消しながら、真由の話を聞き続けた。
真由は康雄の左手に自分の右手を重ねた。
「もう一度、私とやり直してほしいの」
真由の指輪が、ファミレスの照明に反射してキラリと光った。
「真由もわかっているはずだ。俺はもう、きみに恋愛感情はない」
康雄は自分の手から真由の手を離した。
「最後くらいは本当に好きな人と一緒にいたいの。だから……」
真由はハンドバックからハンカチを出して、涙を拭いた。
(自分を悲劇のヒロインに仕立て、涙ながらに訴えようとしているのか? 死神を見た
とか、だからもう一度やり直したいとか、真由の言っていることは俺には全く理解出来
ない)
「すまないが無理な相談だ。悪いけど、俺はもう行くよ」
康雄は会計伝票を持って席を立とうとした。
その時――
康雄は一瞬、自分の目を疑った。
真由の背後に、人影のような物が……。
「わかった。やっちゃん、さようなら」
真由はそう言って、泣き顔を伏せながら店を出て行った。
康雄は呆然としながら、窓の外に写る真由の後姿を見つめた。
「俺は幻を見たのか? それともあれが真由の言ってた、死神とかいう奴なのか?」
康雄が真由の姿を見たのは、それが最後だった。
一週間後、真由は自分のアパートの部屋で自殺した。
警察の現場検証が終了し、康雄は真由のアパートの管理人の許可を得て、部屋へ入れ
てもらった。
きちんと整理された真由の部屋。
白く塗装された木製の机の上には、ノートパソコンと日記帳、それに真由と康雄が写
っている写真が置いてある。
康雄は日記帳のページをパラパラとめくってみたが、ほとんど何も書かれていない。
だが、最後のページにだけ、赤のボールペンで真由の思いが綴られていた。
“私は幸せだったのかな。
蒸発した両親から愛された記憶もないし、いつも独りぼっちだったし、可愛いからと
チヤホヤされたけど、
それを妬む人もいたし。
つき合った人は何人もいたけど、みんな私の体目当てだった。愛情なんて少しも感じ
たことはなかった。
でも、やっちゃんだけは違った。
やっちゃんはいつも私の話を真剣に聞いてくれた。
でも、私はやっちゃんに平気で嘘をついたり、何度もお金を借りたりして迷惑ばかり
かけていた。
何でそんなことをしたのかな? やっちゃんがあんまり優しいから、やっちゃんを困
らせようとしたのかな?
歪んだ愛情表現。不器用な私。
もう自分で自分が嫌になった。その時、私の前に死神が現れた。
死神は何も言わずに、しばらく私の顔を見つめて消えた。
その時、思った。
ああ、私は近いうちに死ぬんだな。
でも、その前にもう一度やっちゃんと一緒に居たい。私が死ぬ前に本当の愛情を知り
たい”
康雄は日記帳の最後のページを開いたまま、笑顔で写っている真由の写真を見た。
本当の愛情を求め続けた真由。
自分の気持ちに素直になれず、不器用に振舞っていた真由は、自分のことを理解して
くれる康雄に想いを寄せた。
康雄と別れた後も、その想いは変わることなく。
そして、苦しんで苦しんで苦しみぬいたあげく、真由の前に死神が現れた。
もちろん本物の死神ではない。
生きることに疲れてしまった真由が生んだ幻。
“もう一度、やっちゃんと一緒に居たい”
「あの時、俺が真由の話をちゃんと聞いてあげさえすれば、こんな事には……こんな事
にはならなかったのに!」
康雄は握り締めた拳を白い机に向かって何度も叩きつけた。大声で泣き叫びながら。
だが、いくら自分を責めたところで真由が生き返るわけではない。
康雄は衝動的に真由の部屋を飛び出し、アパートの前にある幹線道路へ向かって走り
出した。
「真由、今行くからな! 真由の傍に!」
夕暮れの幹線道路には何台もの車が往来している。
康雄は何のためらいもなくその中へ飛び込み、走ってきた普通乗用車と衝突した。
康雄の体は空中高く放り出され、口から大量の血を吐きながら、思いきり地面に叩き
つけられた。
康雄の視界から光が消え、車が急停車する音が微(わず)かに聞こえた。
「大変だ! 急いで救急車を呼べ!」
誰かが大声で叫んだ。
「だ、だだ、大丈夫ですか?」
乗用車の運転手が慌てて康雄の元へ駆け寄った時、康雄は既に死んでいた。
本当の愛情を求め続けた故に自ら死を選んだ女と、その女の後を追って死んだ男。
二人の魂は、別の世界で果たして結ばれるのであろうか。
END