#129/569 ●短編
★タイトル (AZA ) 03/12/03 20:53 (165)
昔のお題>タイムマシン 永山
★内容
※古いファイルを整理していたら出て来ました。およそ三年前のお題ですが、
当時、何でUPしなかったのか、自分でも分からず。同じアイディアの人がい
た訳じゃないみたいだし。単に忘れていたか、面白くないと判断したんだった
かな? とにかく、UPします。
加田博士は町内では人嫌いの変人で通っていた。
近所の人同様、私も結構不愛想に応対してきたつもりなんだけれど、何故か
博士は私のことを気に入ったようだ。三日に一度は、私に電話をくれる。
あるとき、タイムマシンができたと加田博士からまた電話があったので、ま
たいつもの法螺だと聞き流しつつも、暇つぶしに行ってみた。
「おお、来たか、小林君。見てみてくれたまえ。君が最初だ」
「あの。どこにあるんですか」
腕を広げて狭苦しい部屋の中を示す博士に、私は首を傾げてみせた。それら
しき物がない訳ではない。ただ、雑然とした室内には、回転椅子にシャンデリ
アを付けたような機械や、エアロバイクを天地逆さまにした物、四枚の羽を生
やした地球儀といった奇天烈な代物があって、どれが博士言うところのタイム
マシンなのか、さっぱり分からない。
「これだ、これ」
博士は、何故分からないんだと言わんばかりに、せっかちな調子で一点を指
差した。茶色をした椅子型自動按摩機にパーマのカプセルを乗せたような代物
が、そこにはあった。シートベルト付きだ。近付いてよく見ると、左右の肘掛
けにボタンやダイヤル、メーター、四角いランプ等がびっしりと並んでいる。
「これが、ですか」
「これが、です」
嬉しそうに口真似をする加田博士。私の疑いの眼差しなぞ、端から気にして
いない。もっとも、私の方も毎回疑ってきたから、その表情自体、普段の顔付
きになっていたかもしれない。
「実験はどうだったんです」
「成功したに決まっちょる。こうして小林君を呼んだのは、成功したからにほ
かならない」
そんなことを言って、博士の優秀な発明品は、私が見ているところでは、い
つも調子が悪くなるのだ。信用できない。
「早速、試してみんかね。操作方法は順次教えよう」
「先に、博士の実演を見せてください。その方が、早く飲み込めますから」
型通りの逃げ口上を吐いて、私は高みの見物に浸ろうと、二歩、下がった。
「よろしい!」
壁に寄り添い腕組みをした私へ、博士は淋しそうな表情を向けるでもなく、
早速、準備に取り掛かった。自称タイムマシンに腰掛けると、予想通り、頭に
パーマのカプセルをすっぽり被る。カプセルは巨大な単眼のサングラスといっ
た風情だった。微妙なトーンの違いで、何層かに塗り分けられてはいるが、ほ
ぼ黒一色と言ってよい。
「座り心地は、いいんですか?」
あまり関係ないことだとは思うが、私は聞いてみた。何せ、背もたれには按
摩機の腕がそのまま残っているのだ。恐らく、背中がごりごりして、痛いとは
言わないまでも、気になってたまらないんじゃないかと危惧する。
「快適も快適だよ」
カプセルから覗く鼻より下が、にこっと笑う。ヘビースモーカーのくせして、
歯が異様なほど白い。きっと、色を塗っているに違いない。
「このまま、眠ってしまいそうなくらいだ」
本当に眠って、夢でも見たんじゃなかろうか。時間旅行に成功した夢を。
「さて、操作法だが、真っ先にやらねばならんのは、お届け時間の指定だ」
「お届け時間?」
「便宜上、そう呼んでおる。要するに、行きたい時代を、このダイヤルの目盛
りを合わせるのだよ。現時点から何年何ヶ月前か、先か」
右側の肘掛け先端にあるダイヤルを、手探りで動かす博士。
私は眉間にしわを作っていただろう。
「あのー、カプセルを被る前に、合わせた方がやり易いんじゃないんですか?」
「甘いのぉ。残念ながら、それはできんのだ」
博士は誇らしげに言ったが、そんな不都合な作りに仕上がったのは、設計上
のミスではないのだろうか……このタイムマシンが本物だとしても。
「何故なら、このカプセルを被った時点で、タイムマシンは作動を始める。タ
イムマシンに対して基準となる時間を認識させるのは、非常にデリケートな問
題で、先指定では、わずかなずれが生じかねない。そのわずかなずれが、タイ
ムマシンにとっちゃあ、大事なんだ。故に、こうしてカプセルを被ったあと、
ダイヤルを回すしかない」
……もっともらしい説明に聞こえるが、やっぱり設計ミスだ。ユーザーの便
を考えていない。
その後も博士の説明は続く。操作方法だけでなく、時間旅行の理論にまで及
びかねない勢いだ。私は焦れったくなった。とにかくやってみせてほしい。今
欲しいのは、論より証拠だ――という希望を遠回しに伝えると、博士は意外に
快く応じてくれた。
「いつに行ってくればいい?」
「そうですね……フランス革命の真っ直中に行って、マリー=アントワネット
の生首を持って来てください」
本気にしていない私は、無茶苦茶な注文を出した。案の定、「そりゃ無理だ」
という返事。
「じゃあ、邪馬台国の時代。どこにあったのか博士が写真に撮ってきて、私に
見せてください」
「それも無理だのう」
急に年寄りめいた声色になった博士。肘掛けから手を離し、顎を撫でている。
「どんなのならいいんです? まさか、未来にしか行けないとか?」
「そんなことはないぞ。ただ、このタイムマシンには、機能上の大きな制約が
あってな。この発明がなされた瞬間より過去へは、行けないのだ」
「……はあ?」
「このタイムマシンが存在しない時代へは、行けないのだよ」
それなら、過去へ行けないのと同義じゃないのかしら? 私が疑問をぶつけ
ると、博士はカプセル内で首を左右に振った。
「とんでもない。今もこうして時間は流れ去っておる。このタイムマシンがこ
の世に実在するようになってから、すでに――そう、三十六時間と五十分は経
過しているぞ。つまり、現在から遡ることおよそ三十七時間までなら、過去へ
の旅も可能だ」
「何だか、騙されたような気がします」
「騙してなんかない。だいたい、どうして過去にばかり目を向ける? 未来に
は興味ないのか、小林君は?」
「ないことないですけど、タイムマシンに乗らなくても、未来はやってきます
から。それと……」
私は肝心なことを聞いてみた。
「博士のタイムマシンでは、たとえば一年後の世界に行くのに、どのくらいの
時間を要しますか?」
「ええと、一年後はまだ試しておらんから推量になる。三十分後の世界に行く
のに、十五分を要した」
ほう、まだましじゃないか、と思った。以前、博士が作ったタイムマシンは、
三十分後に行くのに十二時間ぐらい掛かっていた……そうである。馬鹿馬鹿し
くて、付き合っていられないと呆れたものだ。
それが今度の新型は、三十分後の世界へ十五分で行ける。半分だ。事実なら、
凄い進歩だ……ん? 待てよ。
「あの〜、博士。行くのに十五分掛かるってことは、帰って来るのに……」
「時間の流れに逆らう訳だから、当然、行きよりも掛かるさ。しかも、時流に
は勢いの強弱があるらしく、一定ではない。だから、思考する度に結果が違っ
てくる。そうだね、三十分後の世界から現在に戻るには、四十五分は必要だろ
うな」
胸を張る博士だが、私はがっくりとしゃがみ込んだ。三十分後の世界と現在
とを往復するのに最低でも一時間を要するのなら、意味ないじゃないか。
私は拳を握って、肩を震わせかけていた。だが、はたと思い当たった。
戻ってこなければいいじゃないか。博士には三十分後の世界にとどまっても
らって、私が追い付けばいい。きっと、空間から博士がタイムマシン共々、い
きなり出現するはずだ。そこを見届けられたら、信じてもよい。
だが、加田博士は一笑に付した(何故私が笑われねばならないのか、謎だ)。
「空間からいきなり飛び出す? 漫画じゃあるまいし、そんな危険な仕様には
なっとらんよ。安全第一」
「では、どういう具合になるんでしょう?」
「私の肉体とタイムマシンは、常にここにあるのだ。そして同時に――同時に
という表現は非常に微妙で使いにくいのだが、ニュアンスで察してくれ――私
は未来なり過去なりに旅立つ」
「……? それはもしかすると、主観的に、という意味ですか」
私は恐る恐る、尋ねた。それに対し、博士は意外にも否の返事をよこした。
「概念を大まかに言おう。このタイムマシンは、時空を現在に引き寄せるのだ
よ。私は今ここに居ながらにして、過去や未来を肌で体験できる」
ぴんと来ない。要するに、過去や未来を疑似体験する機械ではないのか。
「加田博士。結局のところ、未来なら未来に行ったとして、その世界で博士は
自由に動き回れるのですか」
「動き回れる。当たり前だ」
「その間、ここにある博士の身体とタイムマシンは、どうなるんです?」
「そんなもん、私に分かるはずなかろう」
「へ?」
「私一人で極秘実験してきたんだから、私が時間旅行をしている間、現代に残
っている私がどうなってるか、観察する人物がおらん」
だったら、博士自身の肉体と機械がここに残っていると、どうして分かった
のだ?――という大きな疑問は後回しにし、私は極当たり前の提案をしてみた。
「ビデオカメラを回しておけば、分かるのではないですか」
「フィルムに捉えられないんじゃないかと、私は予測しておる。実体があって
ないに等しいからな」
私は言葉をなくした。言い逃れにしか聞こえなくなってきた。今度の法螺は、
いつになくひどい。観察者がいないのに自分の身体は現在に残ると言い切った
り、時流に逆らうと言ったかと思うと、時空を引き寄せると言ったりと、矛盾
が多い。私としても暇つぶしとは言え、ここまで馬鹿馬鹿しい時間の使い方は、
時間に対して失礼というものだ。
私は声音を改め、博士にきっぱりと要望した。
「もういいです。いつの時代でもいいですから、とにかく博士、出発してくだ
さい。こちらに残る肉体及び機械がどうなるかは、私が見届けますから」
「よろしく頼む、小林君」
自信溢れる口調で言うと、博士はボタンを順に押した。モーター音がしたか
と思うと、椅子の背もたれがわずかに後方へ傾斜し、リクライニングシートの
ようになった。
カプセルを被ったままの博士は、気持ちよさげに口元に笑みを浮かべている。
「では、行ってくる……本当は……今日……初」
語尾が濁り、あやふやなまま、それは寝息らしき音に変わった。
最後まで人を馬鹿にしてくれたものだ。まるっきり、安眠装置じゃないか。
「おやすみなさい、博士っ!」
私は腹立ちを押さえて、さっさと部屋を出た。
その後、博士からの連絡は、ない。
――終わり