#125/569 ●短編
★タイトル (ryu ) 03/11/20 06:20 (141)
失踪 葵匠
★内容 03/11/20 16:32 修正 第3版
一昨日から降り続く雨は、一向に止む気配がなかった。
内谷(うちや)署捜査一係の若手、倉田大輔は、もう三日間ぶっ続けで車中からの張
り込みをしていた。
車の窓から、写真家・野上俊太郎の豪華なマンションが見える。
野上は、有名女優のヌード写真を手掛けることで一躍名を挙げた。
彼の撮る写真は、決して猥褻(わいせつ)さを感じる物ではなく、むしろ美しく芸術
的で、見る者の目を常に惹いた。
もちろん言うまでもなく、野上の手がけた写真集は飛ぶように売れ、自分を撮影して
ほしいとオファーを求める女優が後を絶たなかった。
不可解な事件が起きたのは一週間程前。
芸能界でも美しさにおいては一二(いちに)を争う女優の川島美奈子が、野上手掛け
る写真集の撮影終了後、突然行方不明になってしまったのである。
警察と川島美奈子の事務所関係者が必死になって探しているが、失踪の手がかりは何
一つ掴めていなかった。
野上は川島美奈子の撮影終了後に六本木のバーで飲んでおり、彼を目撃している人間
も大勢いた。したがって野上にはアリバイが成立しており、シロということになる。
だが、倉田はどうにも納得が行かなかった。
確かに野上をクロとうらづける証拠はない。
しかし、彼を見張っていれば何かわかるかも……。
刑事としての自分のカンを信じ、倉田は張り込みを続けていた。
その時、助手席の窓を誰かがノックした。
「大輔、交代だ」
倉田の先輩、山本秀雄が折り畳み傘をしまいながら車に乗り込んできた。
「どうよ、何かあったか?」
レインコートに付いた水滴をハンカチで拭き取りながら、山本は倉田に捜査の状況を
尋ねた。
「いや、奴は姿を見せません」
倉田は、もう何十本目になるかわからない煙草の吸殻を灰皿に捨てた。
「大輔、気持ちはわかるが見込み違いじゃねーのか? ん? 他の連中は別の線から捜
査をしているんだ。お前もそろそろ合流したらどうよ?」
倉田は使いこまれたジッポウのライターで、再び煙草に火を点けた。
「いや、俺もそうしたいんすけど、何と言うか……。奴が何かを知っているような気が
するんすよ。うまく言えないんすけど……」
「わけぇくせに、もう刑事(デカ)のカンってやつか?」
山本は鼻で笑った。
「まぁ、いい。大輔のカンはどういうわけかよく当たる。それで何度か犯人(ホシ)を
逮捕したことがあったしな。だがいいか? あと一日待っても野上が姿を現さない場合
は……」
倉田は煙草の煙を思いきり吐いた。
「課長命令で、野上から引けってことっすね?」
「そういうことだ」
山本はニヤリと笑った。
午前二時。
長時間の張り込みでさすがに疲れていた倉田と山本は、少しウトウトしていた。
眠らないように何度か自分の頬を叩いていると、野上のマンション入り口から誰か出
て来るのが見えた。
「山さん、あれは?」
「野上じゃねーな。マンションの住人だろう。今時分に外出とはどういうことだ? こ
の辺にはコンビニもねぇのに」
「山さん、俺、ちょっと聞き込みに行ってきます!」
そう言い終らないうちに、倉田は車を飛び出した。
「お、おい! 大輔!」
雨の中を駆け出して行く倉田の後姿を見つめながら、山本はやれやれと呆れていた。
「ちょっと! ちょっとすいません!」
倉田の声に気がついて、マンションの住人が振り向いた。
三十代半ばに見える、真面目そうな男だった。
「なんでしょう?」
「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが、ここ数日の間、写真家の野上俊太郎氏
を見かけたことはありませんでしたか?」
男は疑いの目で倉田を見つめた。
「あなた、どなたなんです?」
倉田は慌てて警察手帳を取り出し、男に見せた。
「実は野上さんを探しているのですが」
男は倉田が刑事と知って驚いた様子だったが、しばらく考えた後、ここ数日は見てい
ないと答えた。
川島美奈子を目撃したかと尋ねると、男はこう話した。
「私の部屋は野上先生の隣なのですが、薄い壁の向こうから、先生と川島さんの会話が
聞こえました。
撮影中は何やら楽しそうに会話をなさっていたようですが、ある日突然、お 二人の
会話が聞こえなくなったのです。私は撮影が終わったものかと思ったのですが」
倉田は困惑した。
この男は何も知らないようだった。
男は急な仕事が入ったからと言って、暗闇の中へ消えて行った。
何の手がかりも掴めなかった倉田はガックリしながら車へ戻ると、そこに山本の姿は
なかった。
「や、山さん? 山さん!!」
倉田は辺りを探し回った。山本の携帯にも連絡をしてみた。
しかし、返事はない。
どこかへ出かけたのかと思ったが、張り込み中なのでそれはありえなかった。
「まさか野上を見つけたのか? いや、その前に署に連絡をしよう」
車の無線にスイッチを入れようとした瞬間、倉田の後頭部に激痛が走った。と同時
に、倉田の目の前がグニャリと歪んだ。
「う、うぅ……」
倉田は後頭部を押さえながら意識を失い、その場に倒れた。
気がつくと、倉田は薄暗い部屋の中にいた。ロープで体を縛られて。
「ここはいったい何処なんだ?」
倉田は部屋の中を見回した。
真っ白な壁には、女の写真が何枚か張り付けられている。
よく見ると、それは野上が手掛けた写真集の女優だった。
写真に写る女達の瞳はあまりにも美しく、今にも瞬きをしそうであった。
何と言えばいいのか、まるで女達を写真の中に封じ込めたような、そんな感じがし
た。
「倉田君、我がアトリエにようこそ」
写真を見ていた倉田の目の前に、細い人影が見えた。
振り返ると、そこには不適な笑みを浮かべる野上俊介の姿があった。
「野上! どういうつもりだ?」
野上は傍に置いてあった古いカメラを手に取ると、身動きの取れない倉田をあざ笑う
かのようにして言った。
「きみを撮影したいのだよ」
野上の言っていることの意味が、倉田には理解出来なかった。
「俺をわざわざ縛って写真撮影とは……。お前も変わった趣味の持ち主だな」
「これはただのカメラじゃないんだよ。ほら、これを見てごらん」
野上はそう言うと、ジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出し、倉田に見せ
た。
写真には川島美奈子が写っている。
「これがどうかしたのか? 女優の川島美奈子じゃないか!」
野上は急に狂ったような笑い声を上げた。
「フハハハハ! 彼女は私のコレクションになったのだ。このカメラで撮影をすると、
撮られた人物を写真の中に封じ込めることが出来るのさ」
(野上は何を言っているのだろうか? 撮影した人物を写真の中に封じ込める? まさ
か、奴は本当に気が変になったのか?)
倉田は得体の知れない恐怖感に襲われ、背筋に悪寒が走った。
「きみはどうやら、私の言うことを信用していないようだね。どれ、これを見ればわか
るかな?」
そう言うと、野上はもう一枚写真を取り出して倉田に見せた。
倉田は絶句した。
(や、山さん!!)
写真には、頭から血を流して仰向けに倒れている山本の姿が写っていた。
「山さんは……山さんは死んだのか?」
「安心したまえ。彼はこの写真の中で生きているよ」
野上はカメラのレンズを倉田に向けた。
「男を撮るのは私の主義ではないのだが、この際そんな事はどうでもいい」
シャッターの焚かれる音が聞こえ、野上の指先が撮影ボタンにそっと触れた。
(奴の言うことは、本当だったのか!?)
倉田は思わず目を閉じた。
カメラのレンズと、シャッターの光を見ないように――
薄暗い部屋の中を、一瞬眩しいくらいの青白い閃光が走った。
その後、内谷署捜査一係は、谷川の部屋を家宅捜索した。
部屋に置かれていた撮影用機材と写真は全て無くなっており、黒く汚れた絨毯の上に
は、ビリビリに引き裂かれた山本と倉田の写真が捨てられていた。
行方不明中の四人の捜索は続けられているが、誰一人として見つかってはいない。
END