AWC 金星と夏休みと異形の騎士 3   永山


前の版     
#458/598 ●長編    *** コメント #457 ***
★タイトル (AZA     )  14/05/01  02:32  (397)
金星と夏休みと異形の騎士 3   永山
★内容                                         14/06/30 10:57 修正 第2版

 風呂から上がってしばらくすると夕食の時間になったのだが、様子がおかし
くなっていた。真名雄さんと芝立さん、笹川さんの間に変な緊張感があるのだ。
もっと云えば、空気の底を険悪なムードが漂っているような。
 何かあったに違いないのだが、高校生の僕らに聞ける雰囲気ではなく、夕食
は最初から最後まで気まずさが列をなして行進していた。
「まあ、僕は助かったと云えば助かったけれど……」
 大学生三人が別々にそそくさと食堂を出て行ったあと、七尾さんが大きな吐
息とともに云った。
「助かったって?」
「この分なら、マジックはなしでしょ」
「あら、自分は観たい」
 三鷹さんが不平そうに云ったが、これは恐らくジョークだろう。何故って、
結局、三鷹さんはマジックの手伝いをする段取りになっていたのだから。
「七尾君のマジックは、別の機会に期待するとして」
 十文字先輩は、音無の方を向いた。
「彼らの間で何があったのか、君からお兄さんに尋ねてみてくれないか」
「聞くことはできますが、ちゃんとした答が返ってくるかは、責任を持てませ
ん。兄はこういうとき、たいていはぐらかす口ですから」
 硬い表情、堅い口調で音無は言った。
「それでも、念のため、尋ねておいてほしい。タイミングは音無君の判断に任
せるよ。何だか気になるんでね」
「あ、あの、任せてくださるのなら、僭越ですが、十文字さん達は一切、兄達
に接触しないでほしいのですが。下手を打つと、機嫌をさらに損ねることにな
るかもしれないので」
「承知した。任せると云ったんだから、僕は口出ししない。果報は寝て待つも
のだ。ははは」
「ありがとうございます。……本当に申し訳ありません、十文字さん、百田君
にも、三鷹さん、七尾さんにも。招待しておいて、こんな……」
「気にするな。君のせいじゃないのは明らかだ」
 先輩に慰められ、励まされ、音無はようやくいつもの顔つきに戻った。緊張
しすぎだったり、落ち込んでいたりする音無を見られるのは珍しいが、もう見
たくない。
「気分を新たにするためにも、早くお風呂に入りたいわ」
 三鷹さんが云った。場を明るくしようとしての発言かもしれない。
「ん。他の人達は、もっとあとで入ると思うから、先に入って」
「よかった。それじゃ、三人一緒に入りましょ」
 三鷹さんは七尾さんの手をつかまえ、さらに音無に目配せする。
「しかし、私は兄に尋ねないといけないし、のんびりと湯船に浸かっている暇
は……」
「大して時間は掛からないわ。先にさっぱりして、リフレッシュした方が絶対
にいい。決まりよ」
 女子三人のやり取りを聞く内に、どことなく気恥ずかしような微笑ましいよ
うな気持ちになってきた。十文字先輩とともに、その場を立ち去ることにする。
「正直な感想を述べるとだね」
 二階への階段の途中で、先輩が呟くように云った。
「音無君と三鷹君という組み合わせは、最初聞いたときどうなんだろうと思っ
た。七尾君の方は、何ら違和感はないんだがね」
「分かります」
 七尾さんは学園長の娘だから敬遠されることはあっても、彼女自身は友達を
とても欲している。誰とでも仲良くなれるタイプだ。そんな七尾さんに比べる
と、三鷹さんはとんがった個性の持ち主だ。そしてそれは、音無にも云える。
個性がぶつかり合えば、得てしてうまくいかないものというのがセオリーだろ
う。
「でも、実際はいい友達だと見せつけられたよ。僕の勘も当てにならない」
「ですね。今日ばかりは、勘が外れてよかったと思います」
「百田君も云うようになったね」
 部屋の前まで来て、先輩にこっちに来ないかと誘われた。
「かまいませんが、何かあるんでしょうか」
「これまで関わった事件の、有耶無耶な部分に焦点を当ててみたい」
「え、ということは、新しい証拠か推理が見つかったんですか」
「そうじゃないが、何かに集中していないと、真名雄さんを直に問い質しそう
になる」
 なるほど。

 眠い。
 お手伝いさんにコーヒーをもらって飲み干したのが、何故か眠気が取れない。
 眠たさの理由は一体? 十文字先輩とのディスカッションが退屈な訳では、
もちろんない。昼間、遊びすぎて疲れたというのも当てはまらないだろう。確
かに早起きはしたが、寝る時刻を前倒しにせねばらないほどではないと思うし。
「まあ、疲れがたまったんだろう。特に心理的な。何しろ、理想の異性の別荘
に泊まるのだから」
 いきなり云われると、どきりとする。
「先輩!」
「ディスカッションはここらで切り上げよう。僕も眠気に誘われたしね」
 目立った成果は出ていなかったが、先輩が云うのなら仕方がない。
「おやすみなさい」
 そういえば、音無から明日の予定を聞きそびれたな。そんなことを思いなが
ら、寝床に入った。安眠を妨げるものはあるはずがないと、微塵も疑っていな
かった。
 ところが、数時間後、全く逆の目が出た。
「百田君! 起きてください!」
 ドアをどんどん叩く音と僕の名を呼ぶ声に起こされた。反射的に時計を見よ
うとするが、いつもの位置にない。ああ、別荘に来ているんだった。携帯電話
で時刻を確かめることもできたが、それよりもノックの音にただならぬ物を感
じた。
「――七尾さん。どうかしたのか」
 ドアを開けてから、声の主が七尾さんであると気が付いた。落ち着きの中に
も、動揺が見て取れた。
「大変なんです。男の人の手が必要になりそうなので、急いで呼びに」
「だから、一体何が」
「笹川さんが、芝立さんを包丁で刺したみたいなんです。今、このお屋敷内を
探しているんですが、見当たりません」
「え? し、芝立さんは無事なのか」
「怪我を負ったので無事ではありませんが、命に関わる傷ではないようです。
それよりも、真名雄さんが頭に来て、輪を掛けて大変なことになるかも。笹川
さんを探し出して、制裁を加えようとしているんじゃないかって」
「それはつまり」
 不意に十文字先輩の声がした。先に起こされて、身嗜みを整えてから廊下に
出て来たらしい。飛び出してこなかったのはどうかと思う反面、七尾さんの話
をしっかり聞いている辺りは、さすが名探偵。
「推測するに、芝立香さんを巡り、真名雄さんと笹川さんは争っていたのか」
「うーん、少し違います。僕もさっき聞いたばかりですが、真名雄さんの彼女
さんが芝立さんで、笹川さんは横恋慕というやつみたい。それが今夜、芝立さ
んにつれなくされて、逆恨みした挙げ句、発作的に刺したんじゃないかって」
「ふむ……」
 思案げに小さく頷き、黙考する様子の十文字先輩。だが、やがて打ち切った。
「今、どの辺りを探しているんだろう?」
「外に出たみたいです。靴がなくなっていたので」
 僕、七尾さん、十文字先輩の順で階段を降り始める。
「笹川さんが逃げて、真名雄さんがそれを追いかけており、さらに他の面々が
二人を探しているんだね?」
「だと思います」
「警察へ通報は?」
「まだのはずです。真名雄さんが何か武器を手にしていたとしても、それは笹
川さんの攻撃を防ぐためだけなのかもしれないし。音無さん家だって穏便に収
めたいに決まってます」
「しかし、笹川さんが芝立さんを本当に刺したのなら、それだけで傷害事件な
んだが……」
 降りきったところで先輩は僕をちらっと一瞥し、迷う素振りを覗かせた。
「警察と同じ行動を取っていては、探偵の存在意義がなくなる」
 名探偵はそう呟いた。
 と、三鷹さんが玄関前に立っているのが見えた。扉を細く開け、時折外を窺
っているようだ。近付くと、ドアにはチェーンロックが掛けられていると分か
った。
「どうなっている?」
「分からない。笹川さんを追って、いえ、あの人の靴がないのを見て、真名雄
さんも音無さんも外に出て行ったわ。あとは田中さんが、この別荘の周囲を見
回っている。別荘内には、私達の他には芝立さんと彼女の看病をお手伝いさん
がしているだけ」
「他に男はいないんだね?」
「そう聞きました、はい」
「真名雄さんと笹川さんと芝立さんは、真名雄さんの車でここへ来たと云って
たな。笹川さんは車を運転できるんだろうか。車を奪って逃げた可能性も、考
えねばなるまい」
「音無さんか田中さんに聞けば、分かると思いますけれど……」
「音無さんは携帯電話を今、持ってるんだろうか。ああ、持っていたとしても、
我々は番号を知らないんだった。三鷹さんか七尾さんは?」
「自分と七尾さんは、前に教えてもらいました」
 三鷹さんは云うが早いか、携帯電話で発信した。二回の呼び出しで、向こう
が出た。
 切迫した声が漏れ聞こえたが、中身までは不明だった。三鷹さんが音無を落
ち着かせ、車の有無を尋ねる。
「――うん、分かりました。くれぐれもご注意を」
 電話を切るや、三鷹さんは「車は全て車庫にあると、確認済みだそうです」
と教えてくれた。
「笹川さんは遠くには行ってない可能性が高い、と。そうなると、山か、川沿
いに逃げるか……しかしこの暗闇で。懐中電灯を持って出たとは考えにくいし、
携帯電話の類の明かりなんて、たかがしれている。危険な生物だっているだろ
うから、一番安全なのは、この別荘の光が届く範囲に、身を潜める――」
 独り言のように推理を繰り出していた先輩が、喋るのをぴたっと止めた。
「笹川さんの部屋は?」
「え、知りません」
「自分も聞いていません」
「あ、でも、一階だと云ってたような」
「確かか、七尾さん?」
「はい」
 気忙しい会話を経て、十文字先輩は玄関とは逆方向に歩き出した。早足で移
動する彼を、僕らも追い掛ける。
「三鷹さん、もう一度電話を。音無さんに聞いてもらいたい。笹川さんは一階
のどの部屋を宛がわれたのかと」
 求めに応じ、電話する三鷹さん。しかし、今度はつながらないようだ。呼び
出しはなっているのに、向こうが出ない。電話に出られないような変化があっ
たのか、単に携帯電話を落としただけなのか。
「つながりませんわ」
「仕方がない、掛け続けて」
 三鷹さんが短縮ボタンを押そうとした刹那、彼女の手にある電話が鳴った。
「あ、音無さんから。――はい?」

『笹川さんの部屋に近付かないで! ああっと、一階の四番目の部屋。いい? 
分かる?』

 三鷹さんが電話に出るなり、音無の張り上げた声が、僕らにまで届いた。
「四番目の部屋って……どれだ」
 僕は困惑した。二階と同じく、通路の両サイドに部屋がある。どう数えて、
あるいはどちらか数えて四番目なのだろうか。
「――この部屋のようだ。騒がしい」
 十文字先輩は耳ざとく、部屋を特定した。右側のドアを手前から数えて四番
目の部屋だった。
「近付くなと云われても、探偵がここで引っ込む訳にいかない。みんなは下が
っていてくれ」
 命じられるがまま、僕と三鷹さんと七尾さんは、三メートルばかり距離を
取って立ち止まる。先輩は問題の部屋の前で、ドアノブに慎重に手を掛けた。
――ノブが回った。
 名探偵は素早くドアを開け、内部に視線を走らせたようだ。部屋は薄暗く、
しかし人の気配、否、人の立てる物音がすでにある。窓が開け放たれているの
か、木々の匂いを含んだ風が、微弱ながら流れてくるのが感じられた。
 そうか。笹川さんは自室の窓を開けておき、外に逃げたと見せ掛けて、こっ
そり舞い戻ったんだ。その策略に気付いた真名雄さんと音無も、相次いでここ
へ集まったということらしい。

 先輩は次の瞬間、あっさりと中に入った。僕たち三人も、部屋までの距離を
狭めた。室内をどうにか覗ける。僕らに割り振られた部屋からは一番遠い客室
で、一回りか二回り広いようだ。
「どうして来たんですか」
 低く冷静だが、緊張感のある声で音無が云った。姿は、僕の位置からは確認
できない。
「分かったから、来るしかない。君に任せたのは会話だけだしね」
「格好付けている場合じゃないんですよ。ほら」
 音無の台詞に、僕はもう三歩ほど身を乗り出し、部屋の中全体が見通せる位
置に立った。
「あ」
 短く叫び、次いで空唾を飲み込む。
 部屋の奥の壁に沿わせる形でベッドが置いてあり、そこに、長めのポンチョ
みたいなだぼっとした服を着た男が、背を丸めて腰掛けている。笹川さんだ。
 そのほぼ正面に、足を前後に開いて立つ人影。こちらは真名雄さんだ。両手
には、何やら長い得物が握られている。そして真名雄さんと僕の視線のちょう
十文字先輩。先輩の右、二メートルほど離れて音無がいる。音無の手にあるの
は木刀のようだ。彼女から見て、笹川さんまでおよそ五メートル、真名雄さん
までは四メートルといったところか。
「十文字さん、そこをどいてください。兄はやる気かもしれません」
「何?」
 先輩が真名雄さんの方を向く。はっきり見えるはずないのに、真名雄さんの
両目は血走っているように思えた。そして手にした得物は、真剣らしかった。
もうすでに、鞘から抜かれている。
「あれは四月の事件のときの刀か?」
「確言はできません。うちには、刀剣がいくつか保管してあるので」
 音無と先輩との会話しか聞こえないが、この間にも、真名雄さんと笹川さん
はぼそぼそと聞き取りにくい声で、言葉の応酬をしているようだった。と、先
輩達の会話が途切れたことにより、笹川さんの声が聞こえた。
「俺は恨みの塊になったからな。柔な刀で斬られたくらいじゃ、死なん」
「我が家に伝わる刀まで侮辱するか。ならば本当に試してやろう」
 真名雄さんも、静かだが気迫の込められた声で返す。最前までとは打って変
わって、二人の声がよく聞こえる。
「やってみるがいいさ。たとえ斬られても、何度でも甦ってみせる」
「酔っているのか? 香を刺して、気が動転しておかしくなったか?」
「何とでもぬかせ。おまえこそ、口先だけで、実行できない輩か? その刀は
お飾りか?」
「云わせておけば」
 ぐっと力を入れて刀を構え直し、笹川さんとの距離を着実に詰めた真名雄さ
ん。「真名雄さんの剣の腕は?」
 先輩が早口で音無に聞く。返事は音量を絞っていた。
「私よりは劣るが、一通りはこなす。藁を巻いた竹くらいなら、すっぱりと」
「そりゃまずいな。君は木刀で彼を止められるか?」
「分からない。云えるのは、そこにあなたがいては不可能だということ」
「うむ。邪魔するのは本意でない」
 先輩はその視線の動きからして、下がるか前に転がるかを検討していたんだ
と思う。だが、行動を起こすより先に、真名雄さんが歩を一気に進めた。すー
っと笹川さんに接近するとともに、刀を振りかざす。最適な距離まで詰めた一
瞬後、刀を袈裟斬りに振り下ろした。
 それから――僕は信じられないものを目撃した。
 笹川さんの身体が、胸と胴体の間辺りで、二つに分かれたのだ。どうっ、と
横に倒れる笹川さんの上半身。下半身は、斬られたことにまだ気付かないのか、
足先が苛立たしげに動いて、床を叩く。上半身も、ベッドの上をとてもゆっく
りとではあるが、ずるずると這い回ろうとしていた。が、それらの動作も、段
段と弱くなり、いずれ完全に停止する――と思いきや、合図があったかスイッ
チが入ったかでもしたみたいに、急にまた激しくなった。足は床を踏み抜かん
ほどの強さで、がしがしっとテンポを刻む。上半身は両腕を突っ張って起き上
がると、下半身の上へと戻っていく。
 下半身に上半身を載せた笹川さんは、「ほうら、復活するぞ」と、にたりと
した笑みをふりまく。B級映画のモンスター役を彷彿とさせる。型通りだが、
迫力と凄みを有した笑み。
「身体が復活すれば、今度はこちらの番だ」
「――させるか」
 鋭く短い一括が聞こえるのと、音無の木刀が空気を裂いたのはほとんどタイ
ムラグがなかった。飛ぶように踏み込んだ彼女の木刀の切っ先が、笹川さんの
首筋を捉える。その一撃は、不死身の怪物のように振る舞った彼を失神させる
のに、充分な威力を持っていた。
「誰か、明かりを」
 音無の冷静な声に、僕は室内に入ると、壁にあるであろうスイッチを手探り
で求めた。すぐにそれらしき突起に触れたが、押し下げても手応えがない。壊
れているのか?
「――ははあ、そういうことか!」
 突然、十文字先輩が大きな声を張った。皆、何事かと見やる。
 そんなことにはお構いなしに、先輩は拍手を始めた。間延びした拍手だ。
「先輩? あの、十文字さん?」
 呼び掛けると、やっとまともに反応してくれた。
「百田君も拍手したまえ。まだ分からないかもしれないが、僕と君は観客だっ
たんだ。たった二人のね。言い換えるなら、たった二人のために、皆さんはと
ても骨を折って、派手な歓迎をしてくれたんだよ。
「どういう……意味ですか。僕にはさっぱり」
 判然としない名探偵の表情どうにか読み取ろうとしつつ、正直に答えた。
「だから、今し方目の前で繰り広げられた、ホラーもどきの怪現象は、音無さ
ん達の出し物なのさ。――間違ってるかい、音無さん?」
 先輩の質問に合わせて、僕は音無の顔を見つめた。
 いつもの冷静で硬い表情は消え、口元が震えている。あっという間にこらえ
きれなくなった彼女は、声を出して笑った。
「すみません、その通りです」
 認めると、音無は僕と先輩に深々と頭を下げた。そして面を上げると、この
部屋のベッドを示しながら続けた。
「感想を伺う前に、笹川さんの様子をみてよろしいですか? さっき、木刀が
思いもよらず、強く入った気がしないでもないので」

「痛いことは痛かった。気絶はしなかったけど」
 笹川さんは、首筋に貼られた湿布をさすりながら、苦笑を盛大に浮かべた。
 音無が恐縮気味に、「本当にごめんなさいっ」と謝るのを聞いたのは、これ
で何度目だ。
「さて、そろそろ、名探偵に種明かしをしてもらいたい」
 真名雄さんが十文字先輩に水を向けた。
「どこで気付いた?」
「全てが終わってから分かったのだから、自慢になりませんが」
「いいから。即座に察したってことは、ずっと前の段階で、どことなくおかし
いなとか感じていたんじゃないのか?」
 十文字先輩の空になったグラスに、液体――ジュースを注ぎつつ、解説を迫
る真名雄さん。この人の見せた剣の扱いは、練習の賜だったそうだ。真名雄さ
んも笹川さんも、そして芝立さん(無論、刺されてなんかない)も、揃って演
劇仲間だという。大小の道具を揃え、アイディアを形にしたのは、この三人の
力が大きい。
「断片的で、順序立てて話せないんですが……たとえば、音無君が木刀を手に
していた点」
「な、何か不自然さが? しかし、私は笹川さんか兄かのどちらかを止めるつ
もりで、木刀を持って追い掛けたという設定なのだから、おかしくはないと思
う……うん」
「別荘には刀が何本もあるようなことを云っていた。それなら、木刀よりも刀
を選ぶのではないかと思ったんだ。いくら実の兄とは云え、怒り心頭に発した
状態で真剣を携えているんだ。音無君も真剣を持って応戦したいと考えるの普
通じゃないか」
「それは……腕前の差があるので、木刀でも勝てぬことはありません。大きな
怪我を負う危険がありますが」
「そう気にしないで。他にも変だなと感じたことはある。えっと、真名雄さん
の車に乗ったときもだな」
「うん? 何かおかしかったっけ?」
「あのとき、あなたは別荘に着いてすぐまた僕らを迎えに出たというニュアン
スで喋っていましたよね。でも、その割にはシートに腰を下ろした瞬間、ひや
っとしたんですよ。笹川さんや芝立さんはどこに乗っていたんだってことにな
る」
「なーる。本当は、昨日の夜に来て、準備を始めていたんだ。車のシートがぬ
くくなかったのは当然だ」
 やられたという顔をして、額に片手を当てる真名雄さん。僕も内心、似たよ
うな思いを味わっていた。だって、僕は先輩と同じようにあの車に乗り、座っ
たのに、全然気付かなかったんだよ。悔しいじゃないか。
「あとは、夕食後の取って付けたような険悪な雰囲気も不自然と云えば不自然
でしたし、通報しないのも気になった。部屋の電気が点かなかったのは、あま
り明るくすると、仕掛けがばれるかもしれないから。到着時間を気にしていた
のもヒントになったかな。駅まで早く来るのはいいが、別荘に早く到着されち
ゃあ、準備が終わらない可能性があったからだとにらんでる。僕と百田君を風
呂に早々に入れたのにしても、準備の都合があったんじゃないかな。最大の引
っ掛かりは、割り振ってくれた部屋の位置。仕掛けを設置する部屋の物音が聞
こえぬようにという配慮で、最も離れた二部屋を用意したんだろうけど、だい
ぶ不自然でした。他にも空き部屋がある様子なのに、わざわざ廊下の突き当た
りの、たくさん歩かねばならない部屋を用意するなんて。窓の外を見ても、格
別に景色がよいという風な特典もないようだしね。音無君ともあろう人が、感
謝の意を示すために招待したゲストを、そんな部屋に通すはずがないと信じた
訳です」
「……誉められている気がします」
 音無がはにかんだ笑顔を見せた。
 その隣に座る三鷹さんが、「それでは、謎そのものの魅力はどうでしたかし
ら」と聞いてきた。
「満足していただけたなら、幸いですけれど」
「ああ、人体切断と復活! あれは素晴らしい。まるで魔法だった。誰が思い
付いて、どうやって実現せしめたのか、気になるよ」
「思い付いたのではなく、インターネットから拾ってきたんです」
 三鷹さんが答える。
「小学生のときに人体切断と復活を学校で体験をした人が、大人になってホー
ムページを作り、その中の記事の一つとして、昔話の形で書いていた。それを
目に留めた自分が、音無さんと七尾さんに、十文字さん歓迎の出し物にできな
いかと相談したのです」
「ちょっと気になる話だな。あんな魔法めいたことを小学校で体験したのか」
「ああ、言葉足らずでした。その人の体験した年齢が小学生の頃で、場所は定
かではなかったと思います。西洋甲冑を着込んだ牛頭の騎士が現れ、男性を一
刀両断するも復活したとか。ファンタジー映画、もしくはマジックショーのワ
ンシーンのように感じましたわ」
「そこで、七尾君に相談を持ち掛けた訳か」
「はい。彼女なら、種を突き止めてくれると信じておりました。そして見事に
応えてくれたので、この出し物ができたのです」
「三鷹さんの話し方で持ち上げられるとむずむずするから、やめて〜」
 耳をふさぐポーズの七尾さん。愛らしい仕種に、笑いが起こる。
「称えられて当然のことをしたのだから、堂々と誉められるべき」
 三鷹さんの攻勢(口勢)にストップを掛け、僕は七尾さんに直接聞いた。
「種はすぐに分かったの? 元々知っていたとか」
「いえ、知りませんでしたし、すぐには分かりませんでした。映像でもあれば
また違ってくるのですが、話に聞いただけではなかなか難しいです。でも、美
馬篠のみんなが協力してくれましたから」
「へえ、美馬篠高校というと衣笠(きぬがさ)さんや無双(むそう)さん達か。
心強い味方だね」
「ええ、本当に。マジックの知識は僕一人じゃ全然だめだから、みんなに教え
てもらったり調べてもらったりして、やっと形にできたんだぁ」
 最後の「できたんだぁ」に嬉しさがぎゅっと詰まっている。きっとそうだ。
「私が思うに、台車と服と隠れるスペース、これらが特に重要だったね」
 芝立さんが口を挟んだ。彼女こそ、マジックを実現する道具を作ったリーダ
ーだという。ちなみに、切断後の上半身は笹川さん本人が膝を抱える格好をし
て演じ、下半身は“刺されて寝込んでいたはずの”芝立さんが、ベッド下のス
ペースに横たわって熱演していたのだ。斬り付けてくる動きに合わせ、小型の
台車を利してタイミングよく跳び、切断されたように振る舞うのである。
「種明かしもいいが、さっきの元ネタのホームページが矢張り気になるな。三
鷹君、あとでいいから、そのページについて教えてほしいんだが」
 名探偵の求めに、三鷹さんは力強く請け負った。
「お安いご用。さすがに記憶はしていませんけれど、調べがついたら、すぐに
でもお伝えします」
「サンキュー。ああ、話の邪魔をしてすみませんでした」
「それはいいんだけれど。――一つ気になっていたことがあったんだ。聞いて
いい?」
 芝立さんの質問の矛先は、三鷹さんと音無のようだ。二人を等分に見つめて
から、話を続ける。
「この出し物、十文字君が早くに解いてくれたから、スムーズに種明かしに移
れたけれどさ。もしも彼が悪戦苦闘して、翌日や翌々日に持ち越すようだった
ら、どうするつもりだったの?」
「自分も密かに思っていたぞ」
 真名雄さんが主張する。芝立さんの尻馬に乗っかったのか、本当に前から思
っていたのかは分からない。
「そんな心配は全くしていませんでした」
 きっぱり、即座に答えたのは三鷹さん。彼女は音無に顔を向け、「ね?」と
いう風に首を傾げてみせた。そのボディランゲージを受けて、音無も口を開く。
「十文字龍太郎は名探偵です。さっと解いてしまうに違いない。その前提で計
画を進めればよい。そういうことです」

――終




元文書 #457 金星と夏休みと異形の騎士 2   永山
 続き #460 遭遇、金星と冥府の士 <下>   永山
一覧を表示する 一括で表示する

前のメッセージ 次のメッセージ 
「●長編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE