#445/598 ●長編 *** コメント #444 ***
★タイトル (CWM ) 13/11/22 00:30 ( 77)
love fool 12 つきかげ
★内容
其の七
ジュリエットは、ベッドの中にいた。
恋人が、兄を殺したという情報は、既に彼女のもとへ届いている。
それでも、ロミオが今宵彼女のもとにくることを、信じて疑うことはなかった。
ジュリエットは、凍える真冬の夜に春を待ちわびるように、恋人をじっと待つ。
ジュリエットにとって、夜の闇は恐ろしいものではない。
それは、おそらく、彼女とロミオの恋を守ってくれる、秘密の帷であるはずだ。
彼女は、窓の外を見る。
真っ暗な空を、月明かりに照らされた銀灰色の雲が、横切っていくのを見ていた。
永遠にも似た時間が、過ぎ去ったような気もする。
けれど、全ては一瞬のことだあったような気もした。
気がつくと、黒い影が窓の前に、佇んでいる。
そのシルエットは、まぎれもなく彼女の恋人のものだ。
ジュリエットは、愛しいその名を歌うように呼ぶ。
「ロミオ、待っていたの」
ロミオが少し動き、その顔が半分だけ月の光に照らされる。
そこに現れたのは、仮面のように凍り付いた、蒼ざめた顔であった。
「おれは」
ロミオは、とても深く静かな声で、ジュリエットに話しかける。
「おまえの兄を、殺した」
「知っているわ」
ジュリエットは、殺されたのはロミオではないのかと、思えてしまう。
その闇に包まれた姿は、死霊のようでもあった。
死の天使は、今夜ついに恋人をその手に抱き止めたというのだろうか。
いいえ。
ジュリエットは、思う。
今夜、ロミオを手に入れるのは、他の誰でもなくこのわたし。
「愛しいひと、あなたの手が血まみれであっても、かまわないの」
ジュリエットは、両手をロミオに向かって差し出す。
「今、世界にはわたしとあなたしかいないのよ。だから」
彼女は、すがるようにロミオを見る。
「ここへきて、わたしを抱いて」
ロミオは滑らかな動作で、彼女の側にくる。
そして、世界は白い闇に包まれた。
ジュリエットは、とても不思議な経験をする。
それは、真っ白な世界であった。
その世界は、時間がないように思える。
そして、空間もないようだ。
きっと、永遠で無限な世界にちがいない。
そこには、彼女とロミオの二人しかいなかった。
そして、そこでジュリエットはロミオに、産み出されることになる。
ロミオの手が、彼女の身体の表面をなぞってゆく。
ぬばたまの髪に包まれた頭や花びらのように柔らかい頬、白い丘陵のような胸や、
弦楽器のように優美なラインを持つ腰。
果実のように膨らんだ臀部に、しなやかさと流れるように美しいラインを兼ね備え
る足。
植物の枝のようにのびる腕や、貝殻のような耳、その他秘められた場所、熱をはら
んで息づいている場所をロミオの手のひらはなぞってゆく。
演奏者が楽器を奏でるように、画家が絵を描いてゆくように、彫刻家が形を掘り出
してゆくように。
白い闇に埋まっているジュリエットの身体を、快楽を含んだ熱を与えて造り上げて
ゆく。
ジュリエットは、自分がロミオによって産み出されてゆくように思えた。
自分は、この闇の中で快楽という熱の海に現れながら、愛という灼熱の太陽にその
身を余すところなくさらけだし、産まれつつあるのを感じる。
ああ、わたしはもういちど、今日この夜にこの世へ生まれてくるのね。
そう、叫ぼうとしたが、それは言葉にならない喘ぎとなって、白い闇の中に谺する。
ロミオとジュリエットの吐息は、その白い闇に合わせ鏡の中にある景色のように、
無限に響きあい行き交っていた。
ジュリエットは、その時間が永遠に続くように思える。
彼女は、目の眩むような幸福に、包まれていた。
しかし、ロミオが唐突に言葉を発する。
「見るがいい、明けの明星が輝き始めた」
その瞬間、ふたりはベッドの中にいた。
燃えるように熱い肌を寄せあい、闇の中でひとつのシーツにくるまっている。
夜が、終わろうとしていた。
ロミオは、そのことをジュリエットに告げる。
それは、残酷な別離の時でもあった。
ジュリエットは、こう答える。
「ねえ、わたしは愚かになるの。荒野を旅する、愚者になるの。愛に目が眩んで何
も見えずなにも聞くことのできなくなった愚か者になるの。だから」
ジュリエットは、ロミオの耳に囁きかける。
「わたしはあなたを、送り出すわ。奇跡がふたりを再び結び付けると信じて」
「おれは」
ロミオは、暗い夜空に輝く明るい星を見つめていた。
「あの星が憎い。夜の終わりを告げる、あの星が」