#442/598 ●長編 *** コメント #441 ***
★タイトル (CWM ) 13/11/22 00:27 ( 76)
love fool 09 つきかげ
★内容
其の四
ジュリエットは、とても幸福だった。
まるで、薔薇色の宇宙の中を、漂っているかのようである。
頭の天辺から、胸の先、下腹、爪先まで、ぴりぴりとした痺れるような快感に薄く
覆われているようだ。
今この瞬間が、永遠に続けばいいと思う。
それでなければ、今この瞬間に世界が滅べばいいと思った。
ああ、なんて愚かなことを考えているんだろうと、ジュリエットは頭の片隅で思う。
そして、その愚かさはどんどん加速していくようであった。
ロミオが、そんなジュリエットの耳に、唇をよせる。
「今夜、真夜中におまえの元へゆく。夜を共にすごそう。だから、通用口の鍵をあ
けておけ」
ジュリエットは、目の眩むような幸福を感じながら、頷いた。
そこにいるものは皆、場違いな侵入者を見る目でロミオを見た。
そう、このファベーラの裏通りの奥にある広場に相応しいのは、流される血と死を
吐き出す銃口の熱であり、愛に酔いしれたおとこの瞳ではない。
対峙しているのは、ティボルトとマキューシオであり、双方に付き添い人がいた。
マキューシオの付き添い人は、ベンヴォーリオである。
ティボルトは、獲物を狙う蛇のような目でロミオを睨み、マキューシオはあから様
に舌打ちをした。
「それで、何をいってるんだ、おまえは」
ディボルトは、毒を吐くような口調で、ロミオを問い詰める。
「簡単なことさ」
ロミオは、夢見るような口調で語った。
「争いをやめて、今夜は皆、愛するものの元へ帰ろうといったんだ」
そこにいるものは、全員失笑した。
ティボルトは唾を吐き捨て、腰の銃を抜く。
シルバーホワイトの、美しい銃が姿を現す。
18インチの長大な銃身を持つ、カスタムメイドのその銃は、ロミオの持つ凶悪な
銃とは違い優美なスタイルを持っていた。
しかし、その使用する弾丸は460ウエザビーマグナムという、ロミオの銃よりも
強大な破壊力のある銃である。
「寝言にしても、間抜けすぎるぞ、ロミオ」
月の光に照らされたティボルトの精悍な顔は、血に飢えた爬虫類のように冷酷であ
った。
「おれの銃は、貴様の血を見るまで、満足することはない」
ロミオは、薄く笑みを浮かべると、頷いた。
「なるほど、判ったよ」
ロミオは、懐からナイフを出す。
ナイフというようりは、短剣といったほうがいいサイズの刃が、月の光を受け冴え
た輝きを見せる。
ティボルトが、嘲笑した。
「ふん、やる気をだしたのかもしれんが、得物が違うぞ」
ロミオは優しく笑みを浮かべたまま、首を振る。
「いや、これでいい」
ロミオはその短剣を振り上げ、一切の躊躇いなく自分の左腕に突き刺した。
短剣は腕を貫き、切っ先を見せている。
ロミオは、物凄い苦痛に襲われているのだろうが、笑みを浮かべたままであった。
マキューシオも、ティボルトも、酷くハレンチなものを見せつけられた紳士のよう
な顔で、ロミオを見る。
ロミオは、額に汗を滲ませたが、涼しげな笑みは消さず一気に短剣を引き抜いた。
金属質の輝きを帯びた血が、放物線を描き月の光を受け煌めく。
「これで、満足したか、おまえの銃は」
ロミオは、夢見るような調子でティボルトに囁きかける。
「足りなければ、次は胸を刺そうか?」
「やめろ」
ティボルトは、生まれてこの方、ここまで恥知らずな行為は見たことがないという
顔をして、叫ぶ。
「やめろ、この愚か者」
ベンヴォーリオがロミオに駆け寄り、無理矢理地面に座らせると、治療を始める。
「おまえは馬鹿者だと思っていたが」
ベンヴォーリオは、心底うんざりした口調で、ロミオの傷口を消毒し血止めを塗り
込む。
「ここまで、馬鹿とは思わなかったぞ、ロミオ」
「すまない」
ロミオの謝罪を、ベンヴォーリオは鼻で笑い飛ばし、針と糸を取り出す。
「おまえの傷口を縫ってきたせいで、裁縫が上手くなっちまった。全くしまらない」
「すまない」
繰り返されたロミオの謝罪に対し、ベンヴォーリオは睨み付けて答える。
「くだらなすぎる」
ティボルトは、うんざりしたように言うと、銃を納めた。
そして、振り返り付き添い人へ帰るように促す。
その背中に、マキューシオが声をかける。
「おい、待てよ、この腰抜け」