#371/598 ●長編 *** コメント #370 ***
★タイトル (CWM ) 10/10/05 23:45 (399)
メイドロボット VS ニンジャ 2 つきかげ
★内容
屋上からは、廃墟のような街を見渡すことができた。
それは、地上に堕ちた星空にできた暗い穴のようでもある。
「ユーリ。作戦どおりおれたちがヤクザをしとめ、君達がバックアップで
いいな」
ユーリと呼ばれた男は頷く。
「了解した、アレクセイ」
この島国にきてもう2年近くになるが、ここまでイージーな仕事は始めて
な気がする。
ヤクザひとりを排除するのに20人以上が動員され、突入だけでも8人で
行うとは、過剰すぎる気がした。
「ターゲットはボディーアーマーを身につけている」
アレクセイは、ブリーフィングを続ける。
「できれば9ミリ弾で手足を打ち抜き、戦闘力を奪う。それが無理であれ
ば接近してスタンロッドをぶちこむ。それがうまくいかなければ、ユー
リ。ためらわずにカラシニコフを使え」
「判った、そうする」
カラシニコフは銃肩を折り畳んだ状態で、背負っている。
基本的には大佐の指示どおり、トカレフで片付けるつもりだ。
ユーリたちは配置につき、赤外線スコープを装着するとトカレフを手にす
る。
DPRK経由で入ってきた改造版トカレフであり、ダブルカラムの装弾数1
7発のダブルアクションであった。
セフティはついていない。
「よし、カウントダウンをはじめる。10、9、8、7」
ユーリは屋上の手すりにつけたワイアーを、胴に接続ている。
ワンタッチで取り外すことができるものだ。
「4、3、2、1、ゴー!!」
アレクセイの号令とともに8人全員が一斉に、8階へと降りる。
部屋の中でスタングレネードが炸裂し、容赦ない轟音と閃光がまき散らさ
れる。
それと同時にユーリたちは窓ガラスを破り部屋へ突入した。
アレクセイたちが発砲したらしく、銃声が響く。
ユーリは赤外線スコープの中でターゲットが倒れるのを見た。
部屋は再び闇と静寂の中に戻る。
アレクセイたちが、ハンドライトでターゲットを確認した。
「畜生、これは」
アレクセイが叫ぶのと、スタングレネードが炸裂するのはほぼ同時であっ
た。
轟音と閃光で奪われた視界が戻ってきたとき。
ユーリは、信じがたいものを見た。
アレクセイの身体が縦に裂け、左半身が床に沈んでゆく。
残りの三人も、胴で切断され、頭部を両断され、手足を斬り飛ばされてい
た。
チェチェンで、ボスニアでひとが死ぬのはさんざん見てきたが、ここまで
鮮やかにひとの身体が斬り裂かれるのを見たのは、はじめてだ。
紙を鋏で斬り裂くような、手軽さを感じる。
闇の中に黒い影が浮かびあがった。
日本刀を手にした、漆黒の悪魔。
奇妙なことに、赤外線スコープが熱源として認識していない。
「カラシニコフだ!」
ユーリは周りの三人にそう叫びながら、自分はトカレフを撃つ。
かき消すように黒い影は闇にのまれ、ユーリの左右で血飛沫があがる。
切り落とされた首が足元に転がり、金属の輝きを持つ血を迸しらせなが
ら、手足が飛ばされた。
ユーリは獣のように、絶叫する。
そして、頭部に衝撃を受け気を失った。
「あがっ」
ユーリは、左手に激痛を覚え意識を取り戻す。
左手に、日本刀が突きたてられていた。
ユーリが意識を取り戻したことを確認すると、黒のコンバットスーツの男
はユーリの手から日本刀をはずす。
「指示に従ってくれ。断るならまず目をえぐる」
黒い男はロシア語で語りかけてきた。
ユーリは頷く。
「逆らう気はない」
「ありがとう。ではまず無線で連絡してくれ。余計なことを言えば、即死
ぬことになる」
「判った。しかしあんた、勝ち目はないぞ」
ユーリの言葉に黒い男は暗い笑みで応えた。
ユーリは指示通り本部のヴォルグに連絡をとり、服を男と同じ黒のコン
バットスーツに着替えた。
黒い男は楽しげに、車椅子に括りつけられた男へ語りかける。
「さて、見せてやろう。二階堂流の魔法をね」
「イワン、おい」
8階はフロアを南北に分割している。
中央にエレベーターホールと、トイレに給湯室、倉庫があり、オフィスフ
ロアの手前には東西に伸びる廊下があった。
その廊下の東西の端に、階段がある。
イワンたちは、西側の階段に、アリョーシャの隊は東側の隊に待機してい
た。
廊下は暗く、赤外線スコープでかろうじて状態を確認することができる。
イワンは声をかけてきた男のほうを振り向く。
「おれたちも突入したほうがいいんじゃあないか。もう、5分はたつぜ。
アレクセイたちが突入してから。いくらなんでもかかりすぎだ。第一スタ
ングレネードを二発も使っているのが気にいらねえ」
「まあ待て。突入するにしても、アリョーシャの隊だ。おれたちはバック
アップだ」
「それにしたって」
イワンは言葉をかさねる男を手で制す。
無線でヴォルグに連絡をとり、指示をあおぐ。
「まだ待機だ、おれたちは。ユーリから連絡があった。中は膠着状態のよ
うだ。人質を盾に取られている」
男は肩を竦める。
イワンは信じがたいものを感じた。
まさかたったひとりのヤクザ相手に、ユーリとアレクセイの隊がおくれを
とるなどというのはありえない。
何かが起こっているとしか思えなかった。
突然、オフィスフロアの扉がひらく。
黒いコンバットスーツの男が、車椅子を押して廊下にあらわれた。
「ターゲットじゃねえか」
後ろの男の言葉に、イワンはカラシニコフを構える。
銃声が響いた。
アリョーシャの隊が発砲したのだ。
黒い男は、薙ぎ倒される。
血飛沫が闇の中で一瞬、深紅の輝きを放つ。
アリョーシャの隊の、フロント役を担うツーマンセルが車椅子の男に駆け
寄り確保した。
「やれやれ、終わったな」
イワンの後ろで男が呟いた瞬間。
爆発音と閃光が、イワンたちの意識を一瞬とばした。
スタングレネードだ。
ヤクザはひとりでは無かったのか?
イワンはこころの中で舌打ちする。
気を緩ませてしまっていた。
「くそ」
イワンが視界を取り戻したとき、信じがたいものを見た。
フロント役の二人の男たちは文字どおり身体を両断されている。
ひとりは肩から股にかけて、巨大な斧で断ち切られたように。
もうひとりは、胴をギロチンで断ちきられたように。
そんなふうにひとを斬ることが可能であるとは、信じられなかった。
給湯室でバックアップをしていたアリョーシャたちが、カラシニコフを撃
つ。
日本刀を持った黒のコンバットスーツの男は、地面を転がり給湯室の前に
立った。
カラシニコフは、素早い動きのものを捕らえるには不向きだ。
反動が大きすぎて、コントロールしにくい。
ひとりが股間から肩口へ向かって斬り上げられ、縦に裂かれる。
最後に残ったアリョーシャの首が斬り落とされた。
ボールのように生首が廊下をバウンドする。
イワンは自分の目で見ても、とても信じられない。
ありえなかった。
イワン自身銃剣を使った格闘戦を、何度も経験している。
ひとの身体に、刃物を突き立てると何がおこるか判っていた。
筋肉が収縮し、剣を奪われる。
それを切り抜くなど、不可能だ。
ましてや、ひとり斬れば刃は血脂でなまくらになるもの。
ひとり以上の身体を斬ることなど、できない。
けれど、その男は子供が紙人形を鋏で切り刻むように、生きたひとの身体
を斬ってのけた。
悪魔としか思えない。
「くそう」
イワンたちは、カラシニコフを構えたまま凍り付いていた。
車椅子の男がターゲットとの間にいるため、撃つことができない。
黒い男は懐から出した紙で刀の血を拭う。
男は車椅子を押しながら、イワンたちのほうに近づいてくる。
「おい、やつはどういうつもりだ」
イワンが後ろからかけられた言葉に、唸りをあげて応える。
「10メートルのポイントまできたら、撃つ。頭を狙え。シモンを殺すと
今日はただ働きだぞ」
「自信ねえな」
イワンは苦笑する。
イワンの隊が戦闘するのは、本当に最悪のケースであった。
イワン以外は実戦経験の乏しい素人に近い男たちだ。
「それでもやれ」
「判ったよ」
黒い男は、10メートルポイントの少し手前で立ち止まる。
無造作に車椅子を脇にどけた。
信じがたい。
自ら命綱をはずすなど。
しかし、これが最後のチャンスだ。
イワンは撃てと叫ぶ。
その叫び声は、黒い男の裂帛の気合いに殺された。
イワンが何が起こったのか理解出来ない。
目に見えぬ、何かがイワンたちを襲った。
ほんの一瞬だけ、意識がとぶ。
無色で無音の津波がイワンたちを飲み込んだ。
それが通りすぎて意識が戻る。
多分、ほんの1、2秒のことだろう。
けれども。
意識が戻ったその瞬間に、黒い男は目の前にいた。
「うおおおぉ」
イワンは叫びながらカラシニコフを撃つが、黒い男は身を屈めながら剣を
ふるう。
左の腋下から、右の肩へと閃光が走る。
イワンは気がつくと、天井を見ていた。
その下に自分の胴が見える。
頭部と左腕を失いながら、イワンの胴はまだ立っていた。
左胸の切り口から噴水のように血が吹き出ている。
イワンは闇に飲まれる寸前に、黒い男が残りの三人を
斬るのを見た。
刃と化した風が吹き抜けるのを見るようだ。
「一体何をしたんだ」
四門は、呆然と呟く。
間違いなく百鬼は撃ち殺されるはずだった。
ほんの一瞬、戦争屋の兵たちは動きを止めている。
その瞬間に、百鬼は驚異的な速度で間合いを詰めた。
それは、魔法にすら思える。
百鬼の言ったとおりに。
「ああ、胴当てというやつだよ。古武道ではそう珍しいもんじゃあない」
「胴当て?」
「ああ。中国拳法の百歩神拳とおなじ理屈だ。気を飛ばし脳を揺さぶる」
「気をとばすだと?」
「振動波だな。固有振動。シンクロして増幅する。ごく微細なものだが、
効果は絶大だ」
百鬼は、刀を皮製の布で丁寧に拭っている。
血脂を落としているのだろう。
「今のが魔法か?」
「まあ、その一端という程度だな。思ったより少ない兵で攻め込んできた
ので魔法を使うまでもなかった」
あきれた話である。
おそらく四門が専属契約している戦争屋の戦力は今ので半減したはずだ。
四門は、溜息をつく。
「やられました、全滅です」
大佐は煙草を道端に吐き捨てる。
「言ったとおりだろう」
花世木は、うんざりしたように大佐へ声をかけた。
大佐は煙草を取り出し、火をつける。
大きく吸い込み、先端が紅く燃えた。
「嘘をついたな、花世木」
「あんたに嘘をついてもしかたないだろうが」
大佐は、煙を吐き出すと言った。
「あれがヤクザだと。ふざけるな。あれはそうじゃない」
「何だと言う気だ?」
「ニンジャだよ」
花世木は苦笑した。
大佐は、獲物を狙う獣の瞳で8階を睨む。
「ヴォルグ、ボカノウスキーのチームに非常召集をかけろ」
「判りました」
「おいおい」
花世木は大佐に声をかけようとして、その鋭い瞳にとめられる。
「いくらまでなら出す」
「ふざけんなよ、おい」
「二度言わすな。あといくらだす」
花世木はうんざりしたように、肩をすくめる。
大佐は殺気を全身から放っていた。
ひとつ間違えば、この場で頭を撃ち抜かれることになるだろう。
大佐は理解していた。
もう花世木も、自分もこの街でビジネスを続けるには難しい状況にある
と。
「五百万だ。四門社長と引きかえでな」
「いいだろう。ヴォルグ、MDシリーズは持ってきているな」
「ええ、大佐。MD1をアイドリングさせてます」
「MD1を起動だ。プログラムは局地戦Cモード。戦術プランはおまえが
今から組み上げろ」
「了解です」
「なんだよ、MDシリーズってのは」
「花世木さん」
黒服の男が花世木の背後から声をかける。
花世木は振り向いて、男の差し出す携帯電話を受け取った。
「事務所から電話が転送されてきました」
「今はそれどころじゃないのは判ってるだろう」
「ええ、しかし」
黒服は少し困惑した表情をしている。
「社長を拉致した男を雇ったという、おんなからなので」
花世木は、電話を耳にあてる。
「ねぇ、あたしを憶えている?」
「誰だ、おまえ」
「顔を見たら思い出すかな。パソコンはあるよね。メアド言うからそこに
メールして。テレビ電話をしましょう」
花世木は黒服に指示して、ノートパソコンを持ってこさせる。受信した
メールにはurlが記載されていた。
そこにアクセスすると、テレビ電話のシステムが起動される。
ディスプレイにおんなの顔が表示された。
まだ若い。
そして、その顔には見覚えがある。
「はぁい、久しぶりね。花世木ちゃん」
花世木は記憶をたどる。
そのおんなが泣きつづける姿が脳裏に甦った。
三年前のことだ。
そのおんなはまだそのころ、子供だったはず。
いや、今でも二十そこそこのはずであったが。
その異様に輝きを放つ瞳は、そのおんなを年齢以上に見せていた。
その憑かれた瞳は、おんなを百年以上生きている魔女のように見せたが、
同時に無鉄砲で危ういティーンエイジのようにも感じさせる。
「思い出してくれたのね」
「あんた確か真理谷。真理谷といったな」
「そう。あなたたちのせいで全滅させられた一家の生き残り。真理谷ゆ
き」
おんなはなぜか、くすくす笑う。
その酷く不安定な笑いは、花世木を不安にした。
「あなたのこと、覚えているわ。どういうつもりか知らないけれど、葬式
にまで来たよね」
「あれは、おれたちのせいではない。むしろおれたちも被害者といえる。
あの銃撃戦でおれたちも先代を失ったんだ」
真理谷の瞳が、暗くつりあがる。
「知らないよ、そんなこと。あんたたちが街中でドンパチやって、たまた
ま通り掛かったあたしの両親と弟が巻き添えで死んだ。あんたたちがいな
けりゃ死ぬことは無かったんだよ」
真理谷は、血を吐くように言葉を重ねる。
「あたしは全てを失った。愛するひとも。人生も。希望も、未来も。だか
らさ。同じ目に合わせてあげるよ、花世木ちゃん」
花世木は、目眩を感じる。
相手が自分達と同じような組織であれば、交渉することもできるし裏から
手を回して追い込むことができた。
しかし、このいかれたおんなが相手では、どうしようもない。
おそらくおんなを殺せば、状況は多分もっと悪化するだろう。
「ねぇ、あたしのこと頭いかれてるって思ってるでしょ」
「ああ」
「ふふ、困ったと思ってるよね。心配しなくてもいいよ。あたしの要求は
とてもシンプルだから」
「要求があるんだったらさっさと言ってくれ」
「3億でいいよ。ああ、もちろんドルじゃなくて円だから」
「円だと。元の間違いだろ」
「あいにくもう、3億使っちゃったからさ。回収したいのよね。3億くれ
たら還すよ。あんたんとこの社長」
花世木は苛立ちのあまり、目の前がくらくなる。
「おまえが3億使ったとか知るか。そんな金をどうして即用意できると思
うんだ。馬鹿か、てめぇ」
「だって、あんたたちの社長を拉致った悪魔は3億もとるんだよ。おかげ
であたし文無し。あんたたちってさ。売上高は年間20億あるじゃん。純
利益は3億越えてるよね。楽勝でしょ」
花世木は、考える。
なぜかこのおんなは自分達が3億の金を動かせることを、知っている。
確かにそれだけの金を、用意はできた。
しかし、遊んでいる金があるわけでは無い。
それをここで使ってしまえば、いくつかのビジネスが潰れることになる。
それが何を意味するのか。
表の経済がグローバル化するということは、当然裏経済もグローバル化す
る。
いや、その言い方は正しくない。
そもそも地下経済は脱国家的であり、成立したときからグローバル化して
いた。
簡単に言えば、国際的テロネットワークが資金調達をするために地下経済
を成立させていたのだから、グローバル化は必然と言える。
花世木たちの組織は、テロ組織から麻薬をはじめとする非合法商品の販売
ルートを握っていた。
チャイニーズマフィアや、ロシアンマフィアが武装して夜の街を力づくで
制圧しても販路を手に入れることは難しい。
麻薬で売上を伸ばすには富裕層を顧客としてとりこまないことには難し
く、そこには信頼関係が必要だ。
だからこそ、彼ら老舗のヤクザに存在価値がある。
とはいえ、花世木たちの変わりを捜そうとすれば、いくらでも見つかるの
も確かなことだ。
彼らに非合法商品を供給する組織とビジネスを続けるには、常に自分達が
有能で役に立つことを示し続けねばならない。
だからこそ、年間数億の金を払って戦争屋とも契約している。
自分達が武力面でもリスクヘッジ可能であることを知らしめるためだ。
極東および東南アジアでのビジネスでは、結構重要なことであった。
もし、ここで頭のいかれたおんなに3億払ったとしたら、おそらくテロ組
織は彼らをビジネスパートナーとては見なさなくなるだろう。
地下経済から駆逐されることになり、まさにおんなの望みどおり全てを失
うことになる。
しかし、四門をもし殺されたとしても、結果は同じ、いやそのほうが状況
は悪い。
四門は存在がひとつのブランドであるから、地下経済から駆逐されても利
用価値はある。
それすら失えば、花世木は表でも裏でも生きていく術を失う。
いずれにせよ、金を払おうが払うまいが、全てを失う。程度の差は多少
あったにせよ。
今のところどうすべきか、解はない。
「考えさせてくれ」
花世木の言葉に、真理谷は笑みで応える。
「いいよ。待ったげるよ。時間かせぎしたいんでしょ」
花世木は、呻きをあげる。
「時間かせいだら、あんたたちの傭兵がなんとかするかもしれないしね」
おんなの笑みには、獲物をいたぶる獣の残忍さが宿っている。
「そうやって希望をつないでさ。それを潰されたときのほうがね。絶望は
深いんだよ。知ってる?」
花世木はそれでもほっとする。
まだ、かろうじて可能性は残った。
真理谷の雇った悪魔は、かなりできる。
ただ、花世木の契約している戦争屋も、規格はずれの存在なのは間違いな
い。
油断があって手を焼いているが、本気を出せばたったひとりのニンジャを
殺せないはずはない。
「ひとつ聞いていいか?」
花世木は口を開く。
「なんでもどうぞ」
「一体どうやって3億の金を作った?」
あはは、と真理谷は笑う。
「ああ、なるほどね。あたしにバックがいると思っているんだ。まあ、
真っ当な考えだけどね、花世木ちゃん」
「違うのか」
「うーん。あたしが言っても信じられないかもしれないけれどね。自分で
確認したほうがいいよ。でも一応教えてあげる。あんたさ、葬式きたと
き、五百万っていう中途半端な金置いていったじゃん」
「ああ」
「ようするに、金を受け取ったからにはがたがた騒ぐなよってことなんだ
よね。すんごくムカついた。殺してくれよって思ったよ。でもね、その金
ももとでの一部にしたよ。保険金、家と土地を売ったお金全部注ぎ込んで
ネットを使ってデイトレーディングをやったのよ。それで3億に膨らまし
た」
「株でか? しかし」
「まあね。あたし一応大学で経済専攻だったけれど、素人だしね。そう簡
単にはいかないけどね」
真理谷は、暗く目を輝かせながら、憑かれた表情で語る。
「ようするにさ、株価の変動をフォローしきれないから損失が大きくな
る。だったら簡単。24時間、値を監視してればいいのよ」
花世木は苦笑する。
「できるわけがない」
「やったよ、あたし。三年。部屋に閉じこもって。睡眠も30分以内にし
てさ。食事はデリバリーでね。もうね。着替えもせずシャワーも浴びず。
百以上の銘柄の値を十台のディスプレイを使って常時監視して。あたしは
マシーンになった。閾値を越えて値が変動すれば売って買っての繰り返
し。コンマ2パーセント程度の利益を確保し続けて、投入資金を膨らまし
ていって」
真理谷は虚空を見据えて、少し笑う。
「あたし、やったよ。誰とも会わず話もせず。闇の中で数字だけを見つめ
て。運もあったけど基本的にはマシニックな操作で膨らませた」
理論的には可能なのだろうが。
壊れている。
花世木は、そう思う。
このおんなは壊れた機械だ。
そして、それを生み出したのは、おれ自身。
そう、思った。