#346/598 ●長編 *** コメント #345 ***
★タイトル (CWM ) 09/08/11 01:35 (393)
ホテル・カリフォルニア 3 つきかげ
★内容
とりあえず、質問を続ける。
「ねえ、僕の住んでいた街が模造都市であったというのなら。そこに住んでいたひと
たちってどうなのかな」
僕は。少し掠れる声で質問する。
「お父さんやお母さん。街のひとたち。僕の友達。みんなコピーで偽者だったという
こと?」
(もちろん。いや、正確には大人たちだけが、偽者だったのだけれどね)
では。水無元さんは、本物なのか。
「それってさ。ようするに子供たちだけが本物の月見ヶ原から模造都市に連れてこら
れた、てことなんだよね」
(正解)
「でも」
僕は、まるで。でたらめなパズルをなんとか組み立てるような気持ちで問いかけを続
ける。
「一体誰がなんのために、そんなことをしたというの」
(DPRKという独裁国家がある。いや、あったというべきなんだろうね。独裁者の
死とともに、国家が崩壊した)
「つまり」
僕は息を呑む。
「その独裁国家が模造都市を造って。僕らを拉致して連れてきたと。でも結局国家が
崩壊して維持できなくなったから、住民をみんな殺すことにして」
(まあ、ほぼ正解。でもゾンビ化しても死ぬとはいえないけれどね)
それでは。
「住民をゾンビ化して。何がしたかったの?」
(まあ、デモンストレーションというところか。崩壊した独裁国家の幹部が亡命する
ときに手土産としてT.ウィルスを持っていけるということを示したかったんだろう
ね)
「僕はその巻き添えになって死ぬところだったということ?」
(そういうこと)
僕は。はあ、と深いため息をつく。
「その模造都市はなんのために造られたか、てのは?」
(DPRKが造った模造都市は月見ヶ原だけじゃないよ。アメリカ、中国、ロシア、
韓国、色々な国家の模造都市が造られていた)
僕は。あんぐりと口があく。
「なんで?」
(都市テロルの演習を行うため。君たちこどもを利用して、テロリストに洗脳して。
本物の街でテロを引き起こすため)
おいおい。
「僕は洗脳されているの?」
(いや)
ふう、と安堵のため息が出る。
「まだ大丈夫なんだ」
(まあ、記憶操作は受けているよ)
ええっ! なんだってぇ。
(君はテロの演習をさせられていたときの記憶はないだろう)
なるほど。確かにそれはそうかもしれない。
(でも君はテロ兵器を手渡されて、何度か模造都市を壊滅状態に持っていっている)
げげげっ。
「ほんとなの?」
(よく、思い出してごらん。君にテロ兵器を手渡したのは。青い猫型ロボット)
僕はそのとき。
なぜか君が歩いていたホテル・カリフォルニアへいたる道を思い出す。
青い空。
青い海。
その青さと同じ、猫型ロボットがいて。
そう。確かに。破壊的な兵器を色々と。
「まって、まって。信じられない。僕の消されたはずの記憶。今断片的に思い出した
けれど。でもそれだったらさ。DPRKは物凄いテクノロジーを持っていたんじゃな
いの?」
人力コンピュータはなぜか笑った気がした。
(どんなことを思い出したの?)
「ええと。瞬間移動装置みたいなのとか。ものの大きさを大きくしたり、小さくした
りとか。精神をコントロールするとか。そういうの使っていた」
(それらは完全だった?)
「うーん。ほとんど一度使うと二度と使えなかったような気もする」
(そう。テロ兵器はどれも不完全だった)
僕は首をふる。
「それにしたって」
(ああ。君の思っていることはもっともだよ。なぜDPRKはそんなテクノロジーを
手に入れることができたのか? その答えがここにある)
「ここって」
(つまり採掘場)
僕は、へなっと腰砕けになる。
「ちょっと待ってよ。ここはお経を採掘しているのでしょう?」
(まあね。お経が何かが問題なんだよ)
「お経って。お経じゃない」
(ここで採掘しているお経はね。虚空菩薩の教えを記したもの。西欧ふうにいえば。
アカシック・レコードを読み取ったもの)
なんだそりゃ。
「ア、アカシック・レコード? 何それ」
(世界が始まって以来の記憶。つまり集合無意識のレベルの記憶だよ)
判らん。
何がなんやら。
(まあ、前世の記憶といってもいい。超古代。今は失われた超テクノロジーが存在し
たのだよ。アトランティスやムーは御伽噺だけれど。本当に古代の超テクノロジーは
存在した。その時代まで前世の記憶をさかのぼって書き記したもの。それが埋蔵経典
だ)
びっくりだ。
よく判らないけれど、びっくりだ。
「じゃあ、人力コンピュータ。君はもしかして」
(僕は埋蔵経典の解読装置。この寺院は埋蔵経典をデコードする装置として、造られ
たもの)
うーん、でもね。
「判らないな。そもそも僕のコピーを作るっていうのがさ。超古代のテクノロジーを
使わなくても可能でないと。君の存在の説明がつかないよ」
(ああ、N2シリーズは、超古代のテクノロジーじゃない)
がくっ、となる僕。
「でも、ひとのコピーを造るなんて」
(もともとはUSSRで開発されたレトロ・ウィルスを利用してN2シリーズは造ら
れた。君が天性のテロリストであるということが判ったから。君のDNAをコピーし
て別の人間に写しこまれたんだよ)
おいおい。
僕が天性のテロリストだなんて。
いいたい放題だな。
「レトロ・ウィルスって」
(USSRの強制収容所では人権なんて無かったから。色々な人体実験が行われてい
た。そのひとつがDNAコピーをおこなうレトロ・ウィルス。それと、人間をコンピ
ュータ化する技術が複合されて人力コンピュータである僕が生まれたんだ)
なんと。
人間をコンピュータ化するなんて。
「一体どういうことなの?」
(白痴のサヴァンと呼ばれる、高機能アスペルガー。左脳障害によってひとはコンピ
ュータ以上の速度で計算をする能力を身につけたりすることがある。USSRでは、
高機能アスペルガーのひとをコンピュータとして利用する技術があった。それをさら
に進めて、人工的に脳障害をおこして高機能アスペルガーを生み出す技術を組み合わ
せ、さらにDNAコピーのレトロ・ウィルスがそれに利用されて)
うーん。
「まず、君が生まれて。そして、超古代のテクノロジーの解析が始まった。そういう
ことなの?」
(正解)
なんとまあ。
長い。
長い話の果てにたどりついたのは。
結局行き先の無い迷路みたいな場所だった。
いったい。
僕は。
「これからどうしようか」
(ねえ、ホテル・カリフォルニアのことは聞かないの?)
ああ、それねぇ。
「まあ、一応聞いておこうか」
(あれはね、元々君をテロリストとして養成していた猫型ロボットなんだよ)
え、どういうこと?
「あそこは、ホテルじゃん。なんであれがロボットなの?」
(四次元ポケットってあるでしょ)
「ああ、あったね」
(あれがようするにさ。人工的に造られた小宇宙でね。あそこは元々テロ用の兵器を
開発する工場だったんだよ)
ふうん。
(でも、DPRKが崩壊したせいで猫型ロボットのメンテナンスができなくなって)
もしかして。
「暴走したってこと?」
(そうだよ。四次元ポケットが裏返って閉ざされてしまった。ねえ。ホテル・カリフ
ォルニアへ行ってみなよ)
なんで。
「どうして?」
(多分。そこに行けば。進むべき道が見えると思うよ)
けれど。
「どうやっていくのさ」
(量産型N2が案内してくれる)
進むべき道ねえ。
多分、もう僕には選択肢がない。
じゃあ、まあ。行ってみるか。
僕は。
その寺院から外へ出る。
待っていたのは。
水無元さんと、量産型N2だった。
「お待たせ」
僕の言葉に水無元さんは、会釈する。
「ねえ。中で何を話していたの?」
うーむ。何をどう説明したものか。
「なんだか僕は天性のテロリストらしいよ」
水無元さんは、くすりと笑う。
「野火くんみたいに、怖がりのテロリストなんて、変だわ」
まあ。一理あるわな。
「恐怖は、テロルの本質だよ」
量産型N2が真面目な顔をして言った。
「恐怖を感じるということは、世界に抗うということだ」
なるほど、と僕は頷く。量産型N2は言葉を重ねる。
「抗うのをやめると、世界に飲み込まれてしまう。恐怖を感じるのは世界に対して抗
って生きる意志があるということだ」
量産型N2は。とても真剣に語り続ける。
「恐怖は。たとえそれが昏い絶望に彩られていたとしても。それは戦いの歌であり、
生の証でもあるんだよ」
まあ。それはそれとしてだ。
「ねえ。僕らがこれからどうするかなんだけれど」
水無元さんと量産型N2は僕を見る。
「ホテル・カリフォルニアへ行こうと思うのだけれど」
水無元さんは、首を傾げる。
「そこは何なのかしら」
「よく判らないけれど」
僕は、肩を竦める。
「そこに僕の進むべき道があるみたいだ。きっと。多分。水無元さんの道も。そこで
見つかると思う」
水無元さんは、にっこりと微笑んでくれた。
「そう。では行きましょう」
量産型N2は黙って頷くと、先にたって歩き出す。地下の巨大なドームのようなその
採掘場。
僕らは寺院を後にして、フェンスで囲まれた道をまっすぐ歩いてゆく。
次第に。
道は細く険しくなってゆく。
僕らは、岩がむき出しになっている坂道を登って行った。
やがて、道は洞窟のようになってゆき。
暗い、細い道を僕らは手探りで登って行った。
突然。目の前に大きく道が開けた。
僕と水無元さんは。
大きく息をのむ。
目の前には。
蒼い。
空のように。
海のように。
蒼い、蒼い。
岩壁があった。
それは。
おそろしいまでに大きな、壁画のようだ。
岩壁は、蒼く塗りつぶされている。
そして。
海が。空が描かれており。
海には真っ直ぐに伸びる。
骨のように、塩のように。
真っ白い道があった。
これは。夢に見た、君が歩いていった道。
そしてその道の先には。
ホテル・カリフォルニアが。無骨な中世の城みたいな建物があった。
量産型N2は無造作に言った。
「ホテル・カリフォルニアはあそこにあるよ」
おいおい。勘弁しておくれ。
「絵でしょ、これ」
「いいや。これはね。圧縮された空間なんだ」
判らんよ、そんなこと言われても。
僕の表情を読んで量産型N2は言葉を重ねる。
「アインシュタインの相対性理論によれば、空間の大きさというものは相対的なもの
でね。光の速度に対する運動によって変わってくる」
「何がいいたいんだよ」
「あのね。超古代のロストテクノロジーの多くは、宇宙の基礎パラメータを変更する
ものが多い。つまり。光の速度という絶対的な宇宙の基礎パラメータを変更すれば、
空間や時間も圧縮することができる」
あーっと。
つまり、ホテル・カリフォルニアのある空間を圧縮して壁画にしたってことだな。
「まあ、どうでもいいけれど。どうやって絵の中に入る?」
「いや、普通に」
量産型N2は僕と水無元さんの背中をどん、と押した。
気がつくと。
僕らは壁画の中にいた。
頭上に広がっているのは。
蒼い空。
足元でたゆたっているのは。
蒼い海。
そして。僕と水無元さんは、白い道を歩き出した。ゆっくりと。
その豪華な広間で。
食卓についた客たちに、ピンクシャンパンが振る舞われる。
君の前にも。
沈みゆく太陽に染め上げられた空の色となったグラスが、置かれる。
君は。
そのグラスに手をつけることは、無かったが。
そして。
黒衣を纏った男や女が。
広間の中央で踊り続けている。
漆黒の宝石みたいに美しく。
黒豹のようにしなやかで。
そして黒鋼のマシーンみたいに正確に、踊り続けていたが。
突然。
時が撃ち殺されたみたいに、動きがとまった。
そして鐘が鳴り響く。
死せる神を弔うかのように。
荘厳で。
美しい。
鐘の響き。
君の隣で女が呟く。
「ふむ、ディナーが始まるようだね。オリジナルは間に合わ無かったということか。
幸いにして。と、言っておくよ」
君は。
少し薔薇の花びらみたいな唇を、苦笑の形に歪めた。
鐘がなりやむ。
死んでいたはずの時が、再び息を吹き返す。
一組の。
黒衣の男女が、ゆっくりと広間の中央から歩きだす。
二人は、ひとりのおんなの前で立ち止まった。
男はまるで。
愛を囁くみたいに優しく。
おんなに手を差し延べた。
つれのおとこが立ち上がったが。
黒衣の女はそっとおとこの肩に手をあて。
恋人にするような口づけを与えた。
おとこは、魂を吸い取られたような茫然とした表情で。
椅子に崩れるように座り込む。
そして。
おんなは黒衣の男に魅入られたように。
炎に引き寄せられていく、蛾のように。
男に導かれて広間の中央に向かって歩きだす。
その表情は苦悩に満ちているようであったが。
その唇からもれる吐息は。
とても甘やかなものだった。
なにかに耐えているみたいに。
おんなの身体は、震えていた。
君のとなりで。
「さて、いよいよ女主人が登場するかな」
と、女が呟いた。
僕と水無元さんがその頑丈な木の扉にたどり着いた時には。
すっかり夜が空を深い藍に、染め終えたあとだった。
扉を開くその瞬間に。
厳かに。
人の世が終わることを告げるような。
崇高な美しさを持つ。
鐘の音が響き渡った。
僕らは黒衣の女に導き入れられる。
僕は。
黒衣の女に尋ねてみる。
「ねえ。ここはさあ。天国なの、地獄なの?」
黒衣の女はくすりと笑ったように見えた。
「それはご自分でお確かめください。ただ」
黒衣の女は艶っぽい眼差しで、僕らを見る。
「ここはとても素敵な場所ですよ。さあ急ぎましょう。今ならディナーに間に合いま
す」
部屋の中で。
わたしは、震えていた。
飢えが。
体の奥底で欲望が疼き。
わたしの奥深いところを穿つような。
飢えが。
やって来ようとしている。
逃げ出したかったのだけれど、それが叶わぬことであると。
わたしは知っていた。
わたしはこの部屋しか知らない。
ひとりで部屋からでる術を持たなかった。
それより。
何よりも。
自分自身の欲望から。
身体の奥底を焔で焼き焦がすような。
その飢えから、逃れることはできない。
そして。
扉が開く。
端正な顔をした、黒衣に身を包んだ初老の男。
魔物のように口の両端を吊り上げて笑うと、優雅に一礼する。
髪が額に、ひとふさかかる。
黒衣の男は。
名をドクター・キョンと言った。
この世界を。
そしてこのわたしを。
造りあげた男。
「お迎えにあがりました」
ドクター・キョンは手でわたしの行き先を指し示す。
そう。
飢えを満たしに行かなければ。
わたしは。
わたしでなくなり。
身体の震えが止まる。
わたしは真夜中の闇みたいに漆黒のナイトドレスを身につけると。
部屋から外へと踏み出す。
君は。
ディナーが始まったことを知ったが。
今のところなすこともなく。
馴染みの恐怖を纏ったまま。
広間の中央で演じられていくショウを見ていた。
黒衣の男に導かれるまま、広間の中央へ連れ出されたおんなは。
何かに耐えるように、震えていた。
黒衣の男は野生の黒豹みたいに優雅な笑みを見せると、氷の欠片みたいに冷たい煌め
きを見せる、ナイフを抜いた。
おんなは。
泣き出しそうな、縋り付きそうな。
儚げな表情をして立っている。
黒衣の男は、手にしたナイフを振り上げるとおんなに向かって振り下ろす。
何度も。
何度も。
まるで花束の花を散らすように。
おんなのドレスが切り刻まれ。
おんなの足元へ。
はらり、はらりと。
落ちてゆく。
やがて。
夜空に輝く月のように白く輝く裸身をさらけ出したおんなは。
苦しいような。
耐え切れぬような。
それでいて何処か甘やかな吐息を。
ほうと漏らす。
黒衣の男は獣のように、口をひらいて笑う。
その口には。
抜き放たれた刃みたいな牙があった。
切なそうな瞳で黒衣の男を見つめるおんなに、黒衣の男は牙を突き立てる。
おんなは。
耐え切れぬような。
恥じらいを含んでいるような。
秘めたものを、漏らしてしまうような。
掠れた嗚咽を静かに放った。
ああ。
そのとき。
広間に声にならないどよめきが、沈黙につつまれたまま響き渡る。
ドクター・キョンに連れられた漆黒のナイトドレスの女が姿を顕す。
美しい。
あまりに美しいすぎるがゆえ。
むしろ異形にすら見える。
真夜中の怪物。
ナイトドレスの女は暗黒の太陽が星無き夜を支配するように。
静かに。
広間に君臨した。
そしてナイトドレスの女は黒衣の男から全裸のおんなを受け取ると。
飢えた獣が獲物を喰らうように。
その首筋へ。
くちずけをした。
バイオリンのE音を狂ったように掻き鳴らす、そんな悲鳴が。
広間に響き渡った。