#255/598 ●長編 *** コメント #254 ***
★タイトル (lig ) 05/06/07 00:11 (278)
日常と狂気と猟奇(2/3) 目三笠
★内容
death - 2
二人目は佐伯みちる。
資産家の一人娘であり、昔から高飛車な態度だったらしい。
今でもそれは変わらず、あまりにも高慢な態度に腹を立て、初めから破壊目
的の拷問を行った。
痛みですぐに気を失ってしまうのと、失血が酷くてすぐに死んでしまうのを
避ける方法を考えた。
まず、局部麻酔をかけて、腕を切り落とす。切り落とした傷口の消毒と止血
の意味も込めて、熱した鏝で焼いていく。もちろん、目隠しなんてしない。身
体を完全に固定した状態でその恐怖と絶望を間近で感じてもらう。
切り落とした腕は、彼女が見てる前で鴉の餌にした。自分の腕を啄まれてい
く様子に恐れおののく姿がなんとも笑える。
次は同じ方法で両足を切り落とす。
達磨の出来上がり。これで彼女は自力で逃げることすらできないだろう。
だが、彼女の精神がそれに耐えられなかったのだろうか。突然、意味不明な
言葉を喚き散らす有り様だ。
精神が破壊されては当初の目的は達せられない。自我を保ってもらわなくて
は、自らが犯した罪を悔やむことすらできないのだから。
このまま元の精神状態には戻らないだろうと思いつつも、あとで、いろいろ
と喋られては都合が悪いので、念のために首を切り落とす。
バラバラ死体の出来上がり。
本来、死体をバラバラにする意味というのは、死体の身元を分からなくする
為や、運びやすくする為だ。だから殺してしまってから遺体を切断する。
でも、今回の場合は反対だった。
生きている内に腕を切り落とし、足を切り落とし、そして首を切り落とした
ところで絶命する。とても効率が悪いとその手のプロは思うのかもしれない。
でもこれは、殺すことが目的ではない。
転がる胴体と頭、そして食い散らかされた腕と足を見て甘美な気持ちが沸き
上がってくる。
数時間前までは五体満足で自分に対して毒づいていた彼女はここにはいない。
こにあるのは、ただの肉片。佐伯みちるという材料から生まれた一つのアート。
人体損壊は一つの芸術的価値を持っていた。
だけど、これは誰かに見せる為のアートではない。自分で独占する為の芸術
品だ。
every day - 3
ドアをノックする音が聞こえる。目覚まし時計のデジタル表示は『6:47』。
今日の授業は午後からなので、午前中は思いきり惰眠をむさぼるつもりでいた。
「誰?」
目をこすりながら起きあがると、扉を開ける。
「ごめん、まだ寝てたんだ」
目の前には巫女沢が立っていた。部屋が隣なので用があると遠慮なく彼女は
この部屋を訪れる。
「なおのすけさ、アレ持ってる?」
「ん?」
「いや、なっちゃったみたいでさ……うん、ちょうど買い置き切らせてたの忘
れてて、てへヘ」
そんなことで起こされたのかと少し不機嫌になる。
「御影さんにもらえばいいでしょ。あの人、この時間なら出かける出かけない
に関わらずリビングでゆっくりしてるし」
「あ……あはははは、御影さんね、タイプの違うヤツだから。うん、あたしち
ょっと抵抗あるし……」
「……わかった」
これ以上不毛な会話を続けていてもしょうがないなと部屋の奥に戻り、引き
出しの中のポーチから目的の物を取り出す。
「はい。別に返さなくていいから」
「うん、恩に着る」
寝ぼけた頭で巫女沢を見送り、このまま起きてしまおうかと一瞬考える。が、
昨日遅くまで書いていたレポートの影響か再び深い眠気が襲ってきた。
僕はそのまま倒れるように布団に寝転がった。
十二時にセットしたアラームが鳴る。それより五分ほど前に、空腹感から目
覚めてはいた。
かったるいな、と思いながら、何か腹に入れる為にキッチンへと向かう。
リビングには御影さんと清野が居た。
清野は相変わらずゲームに集中していて、御影さんはテーブルで書類のよう
なものに目を通している。
「おはよ伊丹」
僕がリビングに入ってきたのを御影さんは横目でちらりと見ながら挨拶をす
る。
「おはようございます」
リビングのテーブルは、書類でほぼ埋め尽くされていた。それは、住民票の
写しであったり免許証の写しであったり、不動産屋からの書類もあった。
書類に書いてある名前は聞いたことのないものだ。
「新しい人入るんですか?」
現在、この下宿には六人プラスオーナーの御影さんが住んでいる。部屋はあ
と二つ残っているので、新たな入居は可能だ。状況から見てそう考えるのが自
然であろう。
「まだ審査段階だけどね」
「あれ? この下宿ってそんなに入居基準厳しかったんだ。まあ、今の世の中
変な人多いですからね」
「いや、私としてはあんまり凡人は入れたくないね」
「え?」
「その方が面白いじゃない」
大学から戻ってくると、リビングでは巫女沢がテレビを食い入るように見て
いた。
ニュースでは猟奇殺人事件の続報が流れている。様々な分野からの見解や分
析は視聴者を飽きさせないよう色々な工夫がされているようだ。
「そんなに真剣になって。そこまで興味あるのかい?」
「うん。だって被害者、高校の時の知り合いだもん」
そんな話は初耳だった。一瞬だけ言葉に詰まるが、彼女の性格や今の話し方
からしてそれほど親しかったわけではないだろう。
「友達……じゃないようだね。その冷めようは」
「一緒に行動したこともあったけど、別にどうでもいい子だったし」
彼女は被害者が知り合いであることには大して固執していないようだ。それ
よりも事件の残虐性こそが興味の対象なのだろう。
「巫女沢らしいね。そういえば、この前話してたの本気?」
「この前?」
「犯人に会ってみたいって」
「うん」
「どうして?」
「理由はうまく説明できないな……うーん、あえて言うと『憧れ』かな」
彼女は犯人のように人を殺めたいのか、それとも……。
「怖いとかおぞましいとか思わないの?」
「ううん。誰だって心に闇は持ってるじゃん。でなきゃ、ホラーとかスプラッ
タ映画なんて作られないし、それこそ興行成績の上位に入り込めるわけないじ
ゃん」
「まあ、たしかに一理あるけど」
「なおのすけだって、気になるでしょ?」
巫女沢はそう言って小首を傾げる。その無邪気な表情の裏には何が隠されて
るのか。
「気にならないといえば嘘になるけど」
「ほら」
「でも巫女沢は単純に娯楽として楽しんでいるんでしょ? 危機感みたいなも
のは持たないわけでしょ」
「まあね」
「それは自分には関係のない世界だと思っているから? 自分は安全な位置か
ら観察することができると確信しているから?」
「うーん、どうかな?」
「犯人が自分を襲うかもしれないって考えないわけ?」
「それはそれでいいよ」
「なんで?」
「会ってみたいって言ったじゃん。その人が何を思ってあんな事をしているの
か、聞いてみたいもん」
「殺されても?」
「殺されなくても人間はいつか死ぬんだよ」
そう言って彼女は嗤った。
death - 3
三人目の飯島景子は、ちょっと趣向を変えた。暴力的な感情を一切抑え込み、
事務的に処理をすることでアートとしての完成度をあげた。
局部麻酔をした彼女の腹部を縦方向に軽く素早く刃を当てる。刃こぼれして
いない真っ新なそれで表皮を切り裂いていく。血がだらりと溢れる中、何度も
何度も刃を往復させさらにその内にある脂肪を切り裂く。あくまでも丁重に確
実に、今は内臓を傷つけてはいけない。そう言い聞かせながら作業を進めた。
ほどなくして臓物の一部が見えてくる。興奮を抑えながら右手をその中に突っ
込むとひも状のそれをゆっくりと引き擦り出した。途中「なにしてるの?」と
彼女の声が聞こえたので適当に話を濁した。目隠しをされている彼女に真実を
伝えるにはまだ作品としては未完成すぎる。彼女にはさらなる絶望的な情景を
見せつけなければならない。
デリケートな腹部切開は意外と厄介で時間がかかった。何しろ道具が出刃包
丁のみである。こんなことなら、麻酔だけではなく切開の為の道具も盗み出し
ておくべきだったかなと後悔する。
目隠しを外すと彼女は、現実から目を逸らすように周りやこちらの様子ばか
り窺っていた。多分、自分の身に起きた事を認めたくないという心理が働いた
のだろう。麻酔が完全に切れるまでは、感覚のない彼女の身体はまったく別の
物と思いたいのかもしれない。
彼女といくつかの会話を交わすと、撮影に入る為にポケットからデジタルカ
メラを取り出す。今回は完成度が高い。命が失われていく様を確実に記録して
いかなければ。
春香の事を覚えていないのならそれはそれで構わないのだ。命が尽きるまで
に自分の行いを思い出せれば、それを後悔しながらあの世へ行けばいい。思い
出せないのであれば、不条理な行いに絶望的になりながら死への恐怖を味わう
がいい。
肩に乗っていた鴉がまるで咆哮するかのように一声鳴くと床へと降り立ち、
引き摺り出した彼女の内臓を啄む。
鴉を追っていた彼女の視線は自分の引き裂かれた腹部へと注がれた。
「え?」
彼女の弱々しい驚きの声とともに絶望の表情へと変わる。
それは待ちこがれていた作品の完成を示すものであった。
every day - 4
「なお!」
駅のホームで電車を待っていると、後ろから聞き慣れた声で呼ばれる。
振り向くと同じ下宿に住む恵の姿が見えた。ベンチに座ってこちらに手を振
っている。
「あれ? 恵も今帰り?」
「いや、帰りっていうか、二時間くらい前から絵里待ってるんだけどさ。なん
かすっぽかされたみたい。『バーゲンの最終日だから一緒に行こう』って、絵
里から誘っといてこれだもんね」
「そりゃ災難で」
「ねぇ、絵里どこ行ったか知らない? 携帯も繋がらないんだ」
「さあ。巫女沢って思いつきで行動するタイプだからさすがの僕でも把握でき
ないよ。案外、約束の事ころっと忘れててさ、下宿に戻って携帯の充電してる
かも」
「んー……まあ、それもあり得るかもね」
僕たちは一緒に下宿に戻ると、玄関の脇にあるそれぞれの名前が書かれたプ
ラスチックのプレートを見る。出かける時は各個人名の書かれたプレートを裏
返していくというのが、この下宿の数少ない決まりであった。もちろん、プレ
ートの文字は入居した時に各々が自分で書いたものだ。
帰ってきている時は黒字に白で書かれた表部分。裏返すと白地に赤で名前が
書かれている。今現在、巫女沢絵里と清野智秋、そしてオーナーである御影晴
海のプレートが裏返しにされていた。
「お帰り」
玄関近くのトイレから出てきた稲垣と目が合う。
「ねぇ、ゴローちゃん。絵里どこ行ったか聞いてない?」
恵がついでにと稲垣を捕まえる。
「絵里だったら、さっき智秋と一緒にどこかに出かけていったよ」
あの日から巫女沢と清野は帰ってきていない。
テレビでは相変わらず猟奇殺人事件の続報をやっていた。リビングでは政夫
がそれを興味津々に観ている。ちょっと前までこの手の番組が始まると、巫女
沢がそれを嬉しそうに眺めていたものだ。
彼女がこの下宿からいなくなってもう三日となる。そして、同じく清野も姿
を消した。
突然番組内が慌ただしくなる。何か速報が入ったのだろうか?
『ただいま入りましたニュースです。ついさきほどI県K市で性別不明の焼死
体が見つかりました。遺体の損傷が酷い為に身元の特定には困難を要すると思
われますが……』
「これ、絵里たちじゃないよね」
政夫が心配そうにこちらを向く。
「まだわかんないよ」
「そうだけど……」
「どしたの?」
部屋から出てきた恵がリビングでのただならぬ雰囲気に気付いたのか、声を
かけてくる。
「ん……いや」
被害者の特定がされていない現状で断定するのは不適切だと思ったのか、政
夫は言葉を濁して彼女から顔を背ける。
「なんかあったの? なお」
「ただのニュースだよ。死体が見つかったってだけ」
「殺されたの?」
「わからない。ニュースでは焼死体で身元の特定もできないって」
「まさか」
やはり誰もが同じ推測に辿り着くのだろうか。恵は視線を右斜め上に向けな
がら考えごとをするような仕草になる。
次の日、朝のニュースでは遺体の身元が確認されたと報じていた。現場にあ
った遺留品、遺体の歯型などから『清野智秋(22)』と判明したらしい。画
面に映し出される写真は高校生の頃のものだろうか、白黒で画像は荒いが髪型
等の面影は残っているようだ。
清野は数年前から家出をしていて、実家には連絡を一切入れていなかったら
しい。そんな事情を僕たちが知らなかったのも、ここの住人が他人にはあまり
干渉したがらないせいだろう。特に清野は自分の事を話すような奴でもなかっ
たのだから。
当然のことながら下宿内は騒然となった。これだけの事件が身近で起きたの
だから、無関心でいるのも限度があるのだろう。そして、同時に行方不明にな
った巫女沢の事も皆心配していた。
夕方近くに前の日から出かけていた御影さんが帰ってきた。下宿のみんなは
彼女がいる玄関へと集まる。
「晴海さん、ニュース見ました?」
一番動揺していたと思われる稲垣が真っ先に口を開く。
「ええ」
そういって御影さんは少し考え込むような素振りをする。
「お通夜とかお葬式とかいつなんだろ。わたしたち智秋の実家の住所とか知ら
ないから」
深い付き合いだったわけではないが、いちおう同じ下宿の住人として恵は最
後のお別れをしたいのだろう。
「わかった、確認するから待ってて。事件の詳細とかその後のこととか確認で
きたらみんなに報告するから」
death - 4
四人目は清野智秋。
人間の身体は第二度熱傷で三割、第三度熱傷で一割の範囲に火傷を負うと命
に関わるらしい。でも、片面をじっくりと炭化するまで焼いても意識が残って
いる場合もあるそうだ。助かるかどうかは別として。
火あぶりの刑はわりと歴史のある処刑方法だろう。生きたまま焼くという行
為は、食材においてはよくある調理法でもある。
大きめのケバブロースターを手に入れるのは簡単だった。ここがもともとト
ルコ料理の店だったので探す手間が省けた。
中心部の回転する鉄柱に縛り付け、あとはスイッチを入れるだけ。電源はさ
すがに生きていないので、キャンプ用の発電機を持ち込んだ。
すでにぐったりとした肉体は、熱に反応して身体の各部がピクリと動き始め
るが、さすがに暴れるような体力は残っていないだろう。
鼻を突くような肉の焼ける匂い。牛肉や豚肉のような香ばしさはない。昔、
葬儀場で嗅いだようななんとも言えない感じだ。
回転し焼け焦げていく肉塊を時々デジタルカメラで撮影していく。表面の組
織が炭化し、中から体液がじゅるじゅるとあふれ出す。その体液は熱によって
沸騰し、泡となり蒸発していく。
せっかくのケバブロースターなのだからと、その焼け焦げた表皮を削いでい
く。剥き出しになった体組織がさらに焼け焦げていく。
組織細胞の死んだ部分は痛みを感じないというが、新たに剥き出しになった
部分は再び痛みを取り戻すだろうか。
衰弱した肉体は弱々しい呻き声をあげるだけだ。しょうがないだろう。今回
は拷問というより娯楽に特化した趣向だ。こうやって肉を削いでいると、目の
前にいるのが人間であることを忘れてしまいそうだ。いや、忘れていないから
こそこうやって楽しむことができるのかもしれない。