AWC もうひとりの私(tp version) [3/7] らいと・ひる


        
#228/598 ●長編    *** コメント #227 ***
★タイトル (lig     )  04/07/26  00:03  (374)
もうひとりの私(tp version) [3/7] らいと・ひる
★内容
■Side A

 あの日以来、由衣は学校を三日間休んでしまいました。当日、なんとかお通
夜だけは弔問することができたのですが、それ以降は体調が優れず、とても家
から出られるような状態ではなかったのです。
 目に焼き付いた光景は今も忘れてしまうことはできません。

 どうにか落ち着いた四日目に、由衣は学校へ行く決意をしました。
 気怠さを感じながら四肢を動かします。
 朝食は喉を通らないので、抜くことにしました。母親が心配そうに声をかけ
てきますが、それに答える気力が働きません。
 登校途中、慶子を見かけます。
「ほっちゃん、おはよう。ねぇ、大丈夫?」
「あ、おはよう」
 いちおう挨拶を返しますが、なかなか思うように元気な声は出てくれません。
「あんなことがあった後だもんね。無理しないように」
 彼女は一応、由衣に対して気を遣ってくれているようです。
「うん。もう大丈夫だよ」
 社交辞令のようにそう言いました。本当に大丈夫かどうかは由衣自身にもわ
かりません。
 彼女が教室に入ると、それまで個々にお喋りをしていた生徒たちが一瞬静ま
りました。注目されているのは否が応でもわかってしまいます。
 自分の席につくと、近くの席の子たちに「おはよう」と声をかけました。
 「おはよう」と遠慮がちに挨拶を交わすクラスメイトたちは、それ以上何も
声をかけてはきません。まるで腫れ物を触るような扱いです。
 しかしながら、初めは由衣の様子を窺いながら恐る恐る声をかけていたクラ
スメイトも、お昼の時間になると彼女の席に近づいてきていろいろと質問を投
げかけてきます。
「ねぇ、現場見たのだって?」
「ほんとに自殺だったの?」
「怖くなかった?」
「彼女、部活とかでそういう兆候とかなかったの?」
 ぐるりと輪のように取り囲まれ、いっぺんに質問されても由衣も困ってしま
います。できればもう少しそっとしておいて欲しかったのですが、それもどう
やら叶わぬ願いのようです。
「……」
 そんな困った様子に見かねたのか、クラス委員の聖が強引に輪の中に入りこ
んできます。そして「ほらほら。ほっちゃんも困ってるでしょ! 彼女は川島
さんのクラスメイトでもあり部活の仲間でもあるんだよ。私らよりショックは
大きいのはわかってるでしょ。しばらく放っておいてやんなよ」と、ノートを
丸めたものでぽんぽんと周りの生徒達の頭を叩いていきます。
 そうして生徒達はしぶしぶと自分の席へと戻っていきました。
「ありがと」
 由衣は素直にお礼を言います。実際、困っていたわけですからそれは本心か
らでした。
「礼を言われてもねぇ。私自身ああいう連中をウザイと思っているだけだから
さ」


 放課後、由衣は少しだけ迷いながらも部の仲間が気になって、練習へと顔を
出してみることにしました。
 結局、練習が中止になったのはあの日一日だけだったらしいです。
「こんにちは」
 よそよそしく挨拶をしながら部室の扉を開けます。
「あ、堀瀬さん」
「大丈夫?」
「大変だったよね」
 着替えの途中の子たちが一斉にこちらを向きます。やはりどこでも注目を浴
びてしまうようです。
「練習参加できる?」
 成美が心配そうに聞いてきます。
「うん。身体動かしてる方が精神的にいいかも」
「あんたがそう言うならいいんだけどね」


 久々に練習をして汗をかきました。身体はクタクタだけど、由衣の頭の中は
さっぱりとしています。しばらくぶりに心地良い感じです。
 練習が終わり、タオルで汗を拭きながらいつものメンバーで歓談が始まりま
す。
 そういえば、何か違和感を彼女は抱いていました。いつもとは違う……たし
かに川島美咲のいない部はいつもとは違うのですが、それ以上に何かが違って
いました。
「……でね。そういうことなんだって」
「警察は動いてるんでしょ」
「うん」
 由衣は違和感の正体に気付きます。いつもいるはずの人物の一人がいないの
です。
「ねぇ、水菜さんって」
 中途半端に聞いていたみんなの話を遮って、彼女は疑問に思ったことを口に
しました。
「……」
「……」
「……」
 彼女の名前を出した瞬間、沈黙が起こります。
「ん?」
 どうやら、わかっていないのは由衣一人のようです。
「あんたそういえば、あの噂知らなかったよね。ていうか、あんた目撃してな
かったんだっけ?」
 成美にそう聞かれますが、何のことだかさっぱり理解できません。由衣は首
を傾げるばかりです。
「川島さんが亡くなった原因だよ」
 浩子が成美の言葉を補足します。
「初めは転落事故で、その後は一時的に自殺説が流れてたけど、でもそうじゃ
なかったみたい。遺書とか見つかってないみたいだし」
 慶子がさらに情報を付け加えます。
 ただ、回りくどい説明は聞いても理解しにくいので、由衣は素直に質問して
みることにしました。
「わけがわからないから、最初から説明してくれない?」
「だから、彼女は飛び降りたんじゃなくて、突き落とされたんじゃないかって」
 慶子がそう説明します。
「……?」
 ますます由衣はわからなくなりました。
「つまりあの時、屋上にいたのは川島さんだけじゃなかったってこと」
 浩子がさらに付け加えます。
「そう。もう一人誰かがいるのを目撃したらしい。ってだから、あんた見てな
いの?」
 成美がもう一度聞いてきます。
「え? 私は見てないよ」
 由衣は自分が見てないのに誰が見たのだと疑問に思いました。あの時、彼女
にはそんな余裕はなかったのです。
「そうか、ほっちゃん見てないんだ。現場でさ、屋上の方とか見上げなかった
の?」
 慶子が意外そうな顔をします。
「そんな余裕なかったよぉ」
 由衣は美咲の遺体から目が離せませんでした。他のことに気を取られるよう
な精神状態ではなかったのです。
「あのね。一年の矢上さんが人影を目撃してるんだって。犯人かどうかわから
ないけど、怪しいでしょ? だからその話題で校内は持ちきりなの」
 浩子がゆっくりと説明をしてくれます。成美と慶子にどんどん話を進められ
て、置いてけぼりになっている由衣に気付いてくれたようです。
「そうなんだ」
 ようやく話の内容が理解できてきました。
 たしかに、美咲の亡くなった同時刻にそんな場所にいること自体、疑わしい
事実なのかもしれません。
 でも、それと同時に由衣は嫌な予感を覚えます。
「だから、そういう事なんだって」
 成美はようやく話を理解した由衣に、少しだけ苛ついていたようです。
「どういうこと?」
 『そうなんだ』と言っておいて、また素直に疑問を投げかけるのも彼女らし
いので、その事については誰も気にはとめないでしょう。
 ただ、彼女自身としては理解したくないだけなのかもしれません。
「だから、その犯人として疑わしい人物がこの部にいるわけ」
 慶子の呆れたようなその言葉に、由衣の背中を嫌な感じの汗が流れます。
「え? 誰?」
 本当は彼女には答えはわかっていました。でも、その名前を聞くまでは信じ
たくなかったのです。
「水菜さんだよ」


■Side B

 ゆかりはいつもいつも裏切られてばかりいます。

 仲良くなろうと思った子はどんどん自分から離れていってしまいます。

 そうやって私は臆病になっていくのです。


 事件から四日目の朝、堀瀬由衣が学校へとやってきた。きっとショックを受
けていたのだろうと、ゆかりは思う。でも、自分よりはずっと美咲の近くにい
たのだから、なんとかできたのではないかとも考えてしまう。
 そんな風に由衣に対して不満をぶつけてもしょうがない。そんな些細な事で
彼女を嫌おうとする自分も嫌だった。
 ゆかりはここ数日間は普段以上に授業が頭に入らない。後ろの席の空白も、
逃れられない現実として無言で彼女の事を責め立てる。
 いろんなことがぐるんぐるんと頭の中で回って、延々とループしている感じ
だ。抜け出せない迷路を走り回って、後に残るのは心の傷だけ。
 気分を変えるために部活へ出てみようかとも考える。
 それとも今度の演劇の候補に出す演目を考えるために図書館でも行ってみよ
うか。
 彼女は一瞬だけ悩んで後者を選ぶ。
(うん、図書館に行こ)


 放課後、図書館へとゆかりは足を運ぶ。
 普段はあまり利用しない施設ではあるが、忘れてしまうほど久しく来ていな
かったわけではない。
 中に入ると、静かすぎる空気に彼女は少しだけ苦手な感じを受ける。
 目的の本棚の前で猫背になりながら、下から二段目の棚を調べていく。そこ
は脚本集が納められている場所だ。蟹歩きのようにちまちまと横に進んでいく
と、ちょうど向こうから本を探している人とぶつかってしまった。とはいって
も軽く肩が触れる程度。
「すみません」
 即座に頭を下げると、聞き覚えのある声が響いてくる。
「あら、香村さん」
 顔を上げるとそこには演劇部の三年の真下貴耶子が立っていた。背がすらっ
と高いので見上げるような感じである。
 三年生は受験を控えて引退してしまい、部活に顔を出すことはないのでめっ
たに会うことはなかった。その辺りは未だに現役で頑張っている運動部とは大
違いなのだ。
「あ、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「うん、ちょっと受験勉強の骨休めに、本でも借りようかと思ったりして」
「先輩、余裕なんですね。勉強は順調なんですか?」
「うふふ。こればっかりはなんともいえないよ。まあ、模試の点数はそこそこ
だったけど」
「頑張ってくださいね」
「ありがとう。そういえば香村さんはどうしたの?」
「ええ、来週決める演目の候補を探しているんです」
「そう、あなたも頑張ってね」
 ふわりと貴耶子の右手がゆかりの頭を撫でる。ちょっと子供扱いされている
感じがするけど、これは先輩の癖のようなもの。だからなんとなく、くすぐっ
たいようなそれでいて心地よい感じもする。


■Side A

 香織は部活だけではなく、学校も休んでいるそうです。
 噂とは残酷なのかもしれません。それが真実であるかどうかを確かめること
なく、人から人へと伝わってしまいます。それがたとえ、本人に落ち度がなか
ったとしても。
 どうして彼女が疑われてしまったのでしょうか?
 話によれば紗奈が見かけた人影は「誰か」までは特定できなかったようです。
 そして、人影を見かけたという噂が広がれば、それは「誰か?」ということ
が気になる人たちがたくさんいます。そこで「誰か」に当てはめる人物を決め
ることで容疑者を特定するのです。そのためには「その人が亡くなって誰が得
をするか」という考えに行き着くのでしょう。
 この話がバレー部に辿り着いた時、あまりにも単純な状況証拠を知るが故に、
みんなその仮説を受け入れてしまったのです。
 つまり、同じ部活、顔見知りなのでどこかへ呼び出して二人きりで会うこと
も簡単でした。しかも数日後に大会を控えて、美咲は香織とレギュラーの座を
争っています。
 自分の身近な人が亡くなり、それが事故や病気ではないという非日常的な事
実に、みんなの感覚もおかしくなってしまったのでしょうか。
 香織の人柄を考えればそんな馬鹿な話はありません。たったそれだけの理由
で人を殺すのでしょうか? 由衣は憤りを感じます。
 彼女はいてもたってもいられなくて、香織に会ってみようと考えました。
 放課後、部活を休むことにして彼女の家を探します。たしかアドレス帳に彼
女の住所が控えてあったはずです。
 平日、太陽がまだ高い位置にある間に学校を出るのは久しぶりでした。いつ
もは通い慣れた道がまた違った感じがします。
 陸橋と上がったところで、ふいに聞き覚えのある猫の鳴き声が聞こえてきま
す。下を見ると髪の長い少女が一人、しゃがみ込んでいました。
(香村さんかな?)
 そう思って眺めていると、気配に気付いた彼女の視線がこちらを捉えます。
そして由衣だということを確認したかのように、キッと睨み付けてそのまま去
っていってしまいました。
 由衣は自分が何か恨みを買うようなことをしたのかと考えました。思い当た
る節はありません。
 でも今はそんな事は考えている暇はなかったと、自分の目的を思い出して香
織の家へと向かいます。
 ところが、呼び鈴を押しても誰も出てきません。どうやら留守のようです。
 せっかく意気込んで来たのに空振りではありませんか。由衣は肩を落としな
がら今来た道を歩いていくと、慣れ親しんだボールの音が聞こえてきました。
この裏にはたしか運動公園があったはず、とそのことを思い出して期待を込め
てそちらへと足を向けます。
 公園の隅のほうで、ジャージ姿の香織を見つけます。彼女は、一人で自主練
習をしていました。
「水菜さん」
 私は控えめに呼びかけました。が、聞こえなかったらしく、彼女は無心に練
習に打ち込んでいます。
 由衣は邪魔をしては悪いと思い、一段落するまで近くのベンチへと腰掛けて
待つことにしました。
 しばらくしてボールの音が止みます。香織はスポーツドリンクの入ったペッ
トボトルをグビグビと美味しそうに飲み干しました。
「みーずなさーん」
 由衣は比較的明るめに呼びかけます。
「ん?」
 ようやく彼女の存在に気付いた香織の顔がこちらへと向きました。

「あれ? 堀瀬」
「こんにちは」
「いつからいたの?」
 ハンドタオルで汗を拭きながら香織がこちらにやってきます。
「うん、さっき。熱心に練習してたから声かけにくくなって」
「それはごめん」
「うん、いいよ」
「どうしたの?」
 不思議そうにそう質問してきました。
「うん……」
 言い淀んでいる由衣に、香織は察したかのように自分からその話題を口にし
ました。
「川島のこと?」
 少しだけ怒りが込められたようなそんな鋭い口調です。
「変な噂たっちゃってるね」
 由衣は彼女の怒りを増大させないよう、なるべく柔らかく返しました。
「日頃の行いが悪いからだよ」
 ますます香織は機嫌が悪くなります。
「先生に相談した?」
「そんなの噂だから気にするなって。まったく、気にしているのは周りの奴ら
だってのに」
 香織はほとんど諦め気味です。教師ですら当てにならないのですから、それ
も当たり前の事なのでしょう。
「うん、そうだよね……」
「堀瀬もあたしの事を疑いにきたんでしょ」
「違うよぉ。水菜さん、絶対そんな事をする人じゃないって私は信じてるもん」
 それは由衣の本心からでした。香織は誰にでも親切で、ライバルの前でさえ
フェアでいようとしていました。そんな彼女を何度羨ましく思ったことか。
「気休めなら勘弁して。あたしもう、ノイローゼになりそうなんだから」
 香織は事件の後、学校での陰湿なイジメや家にかかってくる無言電話の事を
話してくれました。それは由衣の想像をはるかに超えたことで、彼女がノイロ
ーゼになりかけているのも納得のできる事実でした。
「気休めじゃないよ。私はね、これでも人を見る目だけはあるんだよ」
 香織はため息をつくと「ありがと」と言った。そして言葉を続ける。
「それで堀瀬は何しに来たの?」
 彼女は由衣の真意を計りかねている様子です。
「うん。私は水菜さんのくだらない容疑を晴らしたいの。だって、悔しいじゃ
ない。水菜さんはアンフェアな事が嫌いでしょ? どんなときだってフェアで
いたいって言ってたじゃない。私はそういう水菜さんの事を羨ましいと思った
んだよ。それを誤解されたまま、くだらない噂を流されるなんて」
「あたしの無実を証明してくれるの?」
 香織は少しだけ驚いた感じでした。
「うん」
「探偵のまねごとをやろうっての?」
 気が抜けたように香織は苦笑いをします。
「私はこれでも探偵には憧れていたんだから」
「え?」
「あ、今のは聞かなかったことにして」
「???」
 由衣は冷や汗をかく。こんな事を今言っても遊び半分に思われてしまうだけ
だ。実際に由衣が行動を起こしたのはそれがきっかけではないのだから。
「それで単刀直入に聞きたいんだけど」
 ごまかすために由衣は本題へとすぐ入ることにした。
「あの日のあたしのアリバイってこと?」
「うん」
「残念ながらアリバイらしきものはなし。だから誤解されるのかも」
 彼女は困った顔で答える。顔をひきつらせて苦笑い。
「とりあえずその日の行動を教えて」
「あの日はなぜか早く起きちゃってね。四時半くらいかな。二度寝したら絶対
起きられないと思ったから、町内を軽くジョギング。公園で柔軟をやって、家
にもどったのが五時四十分、テレビつけたからこれは確実。軽く休憩して朝食
をとって六時十五分頃には家を出たかな。学校まで十分くらいだから、着いた
のは二十五分過ぎだと思う、その時にはもう大騒ぎになっていて以下略だわ」
「ということは五時四十分から六時十五分くらいまでは家にいたんでしょ。だ
ったらお母さまが」
「その日は家には誰もいなかった。たまたまね。こういう偶然が重なる日だっ
たのかも」
「私はね、家を六時に出たから学校についたのが十八、九分くらいなの。それ
でそのまま警備員室に向かう途中であの音を聞いたから、事件が起きたのはそ
の前後の時間、つまり六時二十分前後なの」
 由衣は頭の中で自身の行動の時間と照らし合わせます。
「その時間のあたしのアリバイは証明することは不可能だよ。誰にも会ってい
ないから」
 香織は諦めた口調でそう言いました。
「そう……」
 由衣の甘い考えはそこで打ち砕かれてしまいました。彼女のアリバイを証明
することは彼女の無実を証明することに繋がると思っていたのです。今の段階
ではそれを証明するものは何もありません。
「でも、ありがと。堀瀬のその気持ちだけでもうれしいよ。あたしは全生徒を
敵にまわしたかな、とか思ってたから」
「あ!」
 単純な事を由衣は思い出しました。
「どうしたの?」
「真犯人を見つければいいんだよ。そうすれば水菜さんの無実は証明される」
 本当に単純すぎて笑えてしまいます。きっと部の仲間に話したら大笑いされ
るのだろう、と由衣はふと思います。
「警察は動いているんでしょ? だったらそこまでしてくれる必要はないよ」
「でも……いつ捕まるかわかんないよ。もうすぐ大会じゃない。少しでも早く
真実がわかる方がいいでしょ」
 由衣はいつの間にか香織の両手を握って熱く語っていました。
「わかった。でも、無理しないでね。あんまり危険の事には首をつっこまない
で。……堀瀬になんかあったらあたし責任感じちゃうから」
「うん、わかった。期待してて」
 照れながら由衣じゃ握っていた手をさらに強く握りしめます。
「がんばってね、探偵さん」
 由衣はその言葉に、くすぐったいような何か変な感じを覚えました。


 由衣が探偵に憧れていたなんてのは、もう随分幼い頃の話です。少女向けの
マンガに描かれていた二人組の女の子の探偵の話を読んで、それにずいぶんと
のめり込んだ時期がありました。
 謎を解き明かすプロセスにとても面白く、自分もそれをやってみたいという
欲求が溢れてきたのを思い出します。
 それ以来、探偵という職業にある種の幻想を抱いていたのでしょうか。

 でも、実際に自分がその立場に立たされるとまったく違った感情が溢れてき
ます。それは一種の使命感のようなものです。
 噂に振り回される人たちに対する憤りのようなものが、彼女の原動力となっ
ていました。
 人は他人の言葉をそれほど信用しないかわりに、その言葉を自分に都合の良
い形に変えてしまいます。噂とは本来そういうものです。
 言葉は意思疎通の為の便利なツールでもありますが、時にそれは他人を攻撃
するのに有効な武器となり得るのです。
 だからこそ、そのもどかしさをなんとかしたいと彼女は真実を追究すること
に決めたのです。

 それはもう探偵に対する憧れではなく、達成させなければ意味はないという
プレッシャーでした。
 表面上はのほほんとしている彼女でも、他人への不信感は募るばかりです。
心の奥底ではもやもやした感情に早く決着をつけたいと願うのです。

 本当は真実など追究しなくても、人同士が理解し合えたらどんなにいいので
しょうか。






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