#54/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 02/01/26 23:25 (361)
そばにいるだけで 58−3 寺嶋公香
★内容 16/07/28 02:21 修正 第2版
(どきどきする)
朝、少し早めに家を出て、駅までの道を行く。新学期が始まった。
だけど、純子の鼓動を早くしているのは、そんなことではなく、今日が、付
き合い出してから初めての登校であるという事実。
胸元に手を当て、白い息で深呼吸を数度した。冬の空気が身体の中に入り、
純子をクールダウンさせる。
それでもまだ顔は熱いようだ。意識しすぎとは分かっている。相羽と一緒に
登校すること自体、以前からあったのだから慣れていてもいいはず。ただ、友
達の目にどう映るのかが、気になるのだ。
(特に白沼さん。教室が別々だから、校舎に入ったところで離れてしまえば、
見られないかもしれないけれど……結局、一時しのぎにしかならない)
むしろ、早く伝えなければ、と思わないでもない。
そのための手段が見つからないのだが。どうやっても角が立ちそうで、悪い
想像をしてしまう。
(相羽君に任せていればいいのかな)
そう考えたのと、全く同時だった。相羽が姿を見せ、純子の隣に並ぶ。
「おはよう、純子ちゃん。時間ぴったりだね」
「あ、おはよ……」
いきなり間近に来られると、先ほどの赤面がぶり返した。かあ……っと、熱
を帯びる。
急いで顔をそらし、「今日、晴れてよかったわね」と、当たり障りのない挨
拶を返す。相羽はそんな純子の顔を覗き込むと、安心したような笑みを見せる。
「元気そうでよかった」
「そ、そんな、大げさな。一昨日、会ったばかりよ」
「そういうもんかな」
毎日会わないと気がすまないとばかり、相羽は不満そうに頬をちょっぴり膨
らませた。純子ももちろん、毎日会いたいのだが。
「あ、そうだ」
いきなり叫ぶ相羽に、純子はびくりとして顔を起こした。「な、何?」
「演劇、観に行ける」
「ほんと? よかった」
思わず、手を叩いた。先日、プラネットシアターミュージカルに相羽を誘っ
たところ、二つ返事で行きたい、万難を排して行けるようにするという答をも
らったが、行けるという確約はまだだった。およそひと月先のこと故、相羽も
見通しを立てるのが難しかったよう。
「カレンダーの二月十一日の枠を、赤く塗りつぶした。絶対に他の予定を入れ
ないようにって」
「そこまでしなくてもいいのに」
「いや、母さんにも分かるようにしておかないと。……そうそう、あの募金の
話だけど」
相羽が言ったのは、吉川美咲の手術のこと。年末に電話で喋ったとき、この
話が出たのだが、その際に相羽も力になりたいと言い出したのだ。
「何か、鷲宇さんが手配をして、正式な募金として立ち上げるんだってね」
「ええ。相羽君のところにも連絡が行ったのね」
募金の形にすることに対して、鷲宇本人は気が進まなかったらしい。売名行
為とそしられた苦い過去があるから、どうしても伏せたがる。ただ、鷲宇とつ
ながりのある個人にもお願いする都合上、税金対策の条件を整えておいた方が
遥かにやり易いという現実があった。
無論、今度の募金を大々的に喧伝するつもりは全くない。
「正確には、僕の母さんのところに、だけどね」
相羽は苦笑混じりに答えた。その顔つきが、次には真剣になる。
「その子が早く手術できるように、急がないと。みんなでがんばろ」
「うん」
両腕を胸元に引き寄せ、左右に拳を作る純子。学生鞄が当たって、かたかた
音を立てる。
「美咲ちゃんが元気になったら、まず、カラオケに行って、一緒に思い切り唄
うの。それから、映画も観に行こうって。約束したんだ。久住として会わなけ
ればいけないのが、ちょっと残念だけれどね。とにかく、そのときまでに、も
っといっぱい歌を出して、映画にも一本ぐらい出ておかなくちゃ……なんて」
「はは。恋愛映画は勘弁してほしいな」
純子は再度、顔を赤くして、そして差し迫った問題点を思い出した。歩きな
がら、相羽の服を引っ張る。
「ね、相羽君」
「はい」
「一緒に登校するのは、向こうの駅までにしない?」
「……理由を、聞いてもいいかい?」
想像していた以上に、相羽が深刻に受け止めたものだから、純子は焦った。
服地を掴んだまま、前に回って立ち止まると、相手の目を見て言う。
「好きよ」
「あ、ああ。それは僕も同じ……」
「でも、学校の中でまで、いちゃいちゃするっていうのは違うけれど、その、
何て言ったらいいのかしら……」
「何て聞けばいいのでしょう?」
冗談めかす相羽。ほっとした笑みを見せ、また歩き出す。純子も遅れずに着
いていく。
「だ、だからね、前も言ったと思うけれど、あんまり大っぴらにするのは……」
「分かった。要するに、秘密にしていたいんだね」
「そ、そう。えっと、学校で仲よくしすぎたら、人目に着いて、ひょっとした
らひょっとして、写真週刊誌に売り込む人がいるかも」
自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。自分自身にそういうニュ
ースバリューがあるとは、全然思っていない。つまるところ――まだ慣れてい
ないのだ、相羽と恋人の関係になったことに、そしてそのさまを他人から見ら
れることに。だから、何とか学校では離ればなれでいようと考えてしまう。
「その代わり、外でいっぱい会おうねっ」
純子が必死の表情で訴えかけると、相羽は頭をかいた。真剣な顔つきを崩さ
ず、それでいて気易い口調で言った。
「いいよ。外で会う方が人目につくだろうけどね」
駅に着き、タイミングよく入ってきた電車に乗り込む。普段から余裕を持っ
て登校する二人が、さらに早く出たものだから、中は空いていた。もちろん、
がらがらとは行かないが、探すことなく席に座れる。しかも今回は、二人掛け
の座席に並んでだ。
「こうして一緒に通学するのって、初めてよね」
「そうだね。高校入学してから九ヶ月も経って、初めて。不思議なことに」
相羽の口ぶりが軽い。純子は、窓からの陽射しをうなじに浴び、ぽかぽかと
心地よい幸せを感じた。もしも二人きりなら、頭を相羽の肩にもたせかけてい
たに違いない。
学校でこれまで通りにしようと決めたせいで、今この時間を大事にしたいと
強く願う。早朝登校だからといって油断はできないけれど、並んで座っている
ところを見られるくらいなら、大丈夫。
と、楽観視していたら、驚かされた。いくつ目の駅だったか、アルビン=エ
リオットが乗ってきたのだ。
「信一じゃないか。これが奇偶というやつかな」
先に気付いたのはエリオット。アタッシュケースを片手に、正面に立つ。
名を呼ばれた相羽は顔を起こし、続いて立ち上がった。英語で始める。
「おはようございます。どうされたんですか。この電車に乗ってるなんて、珍
しい気がします」
「まあ、話を急がずに。彼女にも挨拶をさせてほしいんだがね」
エリオットが手を向けてきたし、ある程度聞き取れた。相羽と同じく立ち上
がっていた純子は、呼応して軽い会釈をした。対するエリオットは再び日本語
を駆使して、「明けまして、おめでとう」とかなり正確な発音で言った。
「明けましておめでとうございます。去年のクリスマスはお世話になりました。
とっても楽しかったです」
「それはこちらとしても、幸いです。機会があれば、また来てください」
エリオットの喋りが、ちょっと変なアクセントになった。単語の選択も丁寧
すぎておかしい。定型の言い回しでなくなると、やはり日本語は難しいと見え
る。
「二人揃って、これから高校へ行くのだね?」
「はい。新学期最初の学校です」
そこへ、挨拶がすむのを待っていた風に、相羽が促した。
「エリオット先生、どうぞ座ってください」
と、今まで自身の座っていた席を示す。二言三言、言葉のやり取りがあって、
エリオットが腰を下ろし、アタッシュケースを膝の上に置いた。相羽は純子に
目を向け、「君も」と言う。
「私は……ありがとう」
遠慮しようとした純子だが、相羽の表情を前にして、台詞を途中で変更。そ
れでも念のため、相羽とエリオットを交互に見て、尋ねる。
「エリオットさんのお話に邪魔になるようでしたら、私が立ちます」
「いやいや。邪魔になることはないよ」
エリオットは微笑し、鼻の頭をしごいた。そして相羽を見上げる。
「時間はあるだろうね?」
「はい。十分ほどですが」
そう答える相羽に、純子は両手を差し出し、学生鞄を渡すように求めた。し
かし相羽は黙って首を振り、自分の鞄を網棚に載せた。
エリオットは二人のやり取りを微笑ましげに見守ったあと、おもむろに切り
出した。英語に切り替わったのは、エリオットにとっては特別な意図はなかっ
ただろう。
「信一。私が何を言いたいのか、察していることと思う」
しかし、相羽にとっては、英語でなければならなかったに違いない。それも、
なるべく早口で。
「……また、留学の話ですか」
会話の内容を知る由もない純子は、黙って待っていた。
相羽とエリオットの話が終わると、ちょうど高校の最寄り駅に到着した。あ
るいは時間を見計らって、二人が早めに切り上げたのかもしれなかった。
歩き始めてから、純子は相羽に、さっきの話は何だったの?と聞いてみるつ
もりだった。しかし、さすがに最寄り駅、生徒の姿がちらほら目に着き、そち
らの方が気になってしまう。
(でも、今聞いておかないと、学校じゃあ、ますます聞きにくくなる)
そう考え、口を開こうとした矢先、「涼原さん」と話し掛けてくる声が。振
り向くと淡島がいた。息を弾ませ、それでも感情を消し去ったようないつもの
顔で、立っている。
「あ、淡島さん。そんな走らなくても、もっと早く、呼んでくれればよかった
のに」
純子は立ち止まって、思わず呆れ気味に言った。
「はしたない真似はできません」
淡島は澄ました表情のまま応じ、息を整える。制服姿で思い切り走るのは、
はしたなくないのかしら――純子はこみ上げる苦笑を我慢した。
「それよりも、明けましておめでとうございます」
いきなり頭を深々と下げる淡島に、純子も相羽も慌てて返礼する。「こちら
こそ。今年もよろしく」「明けましておめでとう」と口々に言った。
「占ってみたところ、今年もそれなりにいい年になりそうです」
「それなりって……おみくじで言えば、小吉みたいな?」
「うーん、ちょっと違うかな」
立てた人差し指を顎先にあてがい、考える仕種の淡島。しばらく待つと、答
が出た。
「よいこともあれば、悪いこともあって、前者が後者を少しだけ上回る。そう
いう解釈ができる」
「へえ? 具体的に、何か出た?」
「ええ。幸か不幸か、私自身には関わりがありませんけど……」
気を持たせる話ぶりの淡島に、純子は重ねて聞いた。
「どんなこと? 教えてほしいな」
尋ねてから、ひょっとしたら長引くのでは、と後悔とともに危惧した純子。
(社会情勢とか環境問題とか景気高揚なんて話になったら、どうしよう? 淡
島さんの占いだったら、ありそうな……)
だが、淡島の口から流れ出たのは、ごくごく身近で個人的な話であった。
「これが全てというわけじゃありませんけど、折角だから、涼原さんのことを」
「は? 私?」
自分を指差した純子。二歩ほど遅れてついてくる相羽が、「それは僕も聞き
たいな」と微笑混じりに言うので、振り返る。
「あとで、相羽君も個別に占ってもらったら?」
「占いを認めはするけれど、信じない質だから」
やんわり拒否する相羽。純子は淡島に向き直った。
「他人を占ってもらうのって、できる?」
「もちろんです」
「じゃ、相羽君のことを占ってもらおうかな」
もう一度、今度は肩越しに視線を相羽にやる。目が合った。
「勝手に人の運命を覗き見るような真似は、感心しませんがね」
「信じてないのなら、いいじゃない」
「どうぞご自由に」
相羽はすっかり、友達に対する口調になっていた。これならきっと、誰も二
人の関係に気付くまい。
純子は安心の笑みを浮かべ、改めて淡島に聞いた。
「それで、私に関わることって何?」
「涼原さんにも、願い事がいくつかありますでしょう?」
「うん」
「そのいくつか……と言うよりも、大部分はかなえられます。でも、二つか三
つ、少し大きな願い事はかなえられない、と出ていました」
「……あはは。それって、たいていはそうじゃないのかなー? 簡単な願いは
かなって、難しい願いはかなえられないわけでしょ?」
軽やかに笑う純子に対し、淡島は無表情から少し曇りがちの顔になった。
「かなえられない願い事については、逆の目が出るかもしれません。つまり、
悪い方向に進むという……」
「占いっぽい表現になってきたぞ」
言葉の出ない純子に代わり、相羽が空気をやわらげる。
(かなえられない願いは、かえって悪くなる? だ、だけど、私の願いって言
ったら、相羽君とのことはこうして去年の内にかなったんだから、関係ないよ
ね)
自分自身に言い聞かせ、安心を得ようとする純子。他の願い事にまで思考が
及ばないが、今の純子にとったら、相羽との仲が壊れないことこそ、一番に来
る希望である。
「でも、心配の必要はないですから、涼原さん」
珍しく、弾んだ口ぶりになる淡島。と言っても、表情の方は相変わらず超然
としていて、読みづらい。
「涼原さん個人のことを占ってみましたところ、上昇運が引き続き巻き起こる
と出てます。運気が上向く上昇は、常に勝つ常勝に通じます」
「はあ」
「ですから、多少の悪いことが仮に起きたとしても、それを吹き飛ばすだけの
勢いが、今の涼原さんには身に着いているのです。いえ、これから先もずっと、
身に着いているかもしれません」
「ふうん……結局、今年の運勢は良好と受け取っていいの?」
「もちろん。涼原さんの場合、ずーっとよい運気のままで来ているようですか
ら、あまり実感を伴わないかもしれませんけど、本当に、凄く幸運な星の下に
生まれています」
お墨付きをもらってしまった。ほとんど意識せずに、過去を振り返る。
(確かに、そうかも。特に、モデルやタレントの仕事に関しては、顕著だわ。
その分、辛い目や嫌な目にもあったけれど、終わってみれば大したことなかっ
たし。それよりも、相羽君と――なれるなんて、奇跡みたい)
自然に顔が赤らむ。互いの気持ちを確かめ合ってから、今日で二週間ほど。
まだまだ記憶に鮮明で、心の中の大きな部分を占めている。
「よかったじゃない」
相羽が言って、純子の右肩にぽんと触れる。
「淡島さんの占い、割と当たるからね」
「ん? 相羽君は占ってもらったことあったっけ」
「いや、占ってもらったというのとは違う。淡島さんの占いが的中したのを、
目の当たりにしたことがあるんだ」
「ふうん」
不思議がる目のまま、純子は淡島へと顔を向けた。差し支えなければ聞いて
みたい話だ。
しかし、淡島は息をつくようなかすかな笑みを覗かせて、「過去は過去です」
と悟ったような口ぶりで応じただけだった。
新学期初日の学校は、特に何事もなく乗り切れた。相羽の教室の前を通ると
き、必要以上にちらちら中を見ようとしてしまったけれども、第三者から不審
がられるほどではないものと信じる。
唯一、結城が訝しむ気配を見せたが、純子はとっさに話題を換えて乗り切る。
「マコ。サインのことなんだけど」
「うんうん、何か進展が?」
蓮田のサインの件を持ち出すと、あっさり忘却したらしい。
(隠しててもしょうがないんだけど。いずれ、知らせた方がいいよね)
スタジオの見学に来られないかしらと話を向けながら、純子は内心では別の
ことを考えていた。
(唐沢君には早く言わなくちゃ)
意識をしすぎて、視界に入る度に却って避けてしまった気がする。今も、唐
沢に背を向けていた。無意識の内の行為だが、ふと気付くと後ろめたさを感じ
る。
本来なら、町田や富井、井口らに知らせたのと同様、唐沢にもすぐさま伝え
ておきたかった。しかし、ためらわせる理由があったのだ。それは相手が異性
だからという他に、もう一つ。
(唐沢君は私と相羽君のことを知っても、多分、受け流してくれる。私が相羽
君を前から好きだったことに気付いていたし、優しいから。でも、それに甘え
てしまっていいのかしら……)
躊躇を残したまま、下校時、純子は相羽や結城、淡島の他、唐沢とも一緒に
なった。
「八組担任、新しい先生が来たんだってね。知ってる?」
「え、何で何で?」
「弓坂(ゆみさか)先生に何かあったのですか」
「弓坂先生、産休だってさ」
「へえー! 年明け早々、おめでたい話」
「まあ、二人目じゃありませんか。さすが先生」
「どういう意味?」
「夫婦は少なくとも二人、子を生まなければいけません。二人が結ばれ、二人
を産み落とす。これが摂理。でないと、人口は減る一方です」
「そ、それはともかく、私達にとってより重要なのは、英語の実力テストがど
うなるかってことよ」
「そういえば弓坂先生、確かにテストの予告を冬休み前にしてたっけ。産休に
入られる前に、問題を作っていたのかしら」
「多分作ってないというのが、もっぱらの噂よ」
女子三人で、肩を寄せ合うようにしてお喋りに興じる。特に純子は、唐沢の
存在を意識しないよう、神経を集中していた。
男子二人は、そのあとをぽてぽてとした足取りで続く。相羽も唐沢もコンパ
スが長く、お喋りしている女子に速度を合わせるのは、逆に案外大変かもしれ
ない。
「そうか、テスト延期か」
唐沢がつぶやくのが聞こえた。当然、嬉しそう。そこへ、結城が振り返って
忠告する。
「誰もそんなことは言ってないよ、唐沢君」
「延期じゃない? 試験問題がないのにか。てことはどうなるのさ?」
淡島と純子は前を向いたまま、「どうなるんでしょうね?」「さあ……私は
日が変わらない方がいいんだけど」とやり取りをする。
結城が答を教えてくれた。
「新しく来た先生、江神(えがみ)っていう男の先生なんだけど、やる気満々
らしいわ。この人が新しく作るみたいよ。全ては予定通り」
「何だ、がっくし」
台詞に合わせて、うなだれてみせる唐沢。
「日が変わらなくてよかったね、純子ちゃん」
相羽が言った。さっきの会話が聞こえていたらしい。
と、唐沢が今度は腕組みをして首を傾げる。
「分からん。何で変わらない方がいいんだろ。俺にしてみれば、なるべく延期
された方がいいんだがなあ」
いくら唐沢との接触を避けようとしていても、これくらいは答えなくちゃい
けないと、純子は思案顔になって指先を頬に当てた。しかし、口を開く前に、
淡島が推論を述べる。
「きっと、スケジュールの都合があるんですね。涼原さんはお忙しいですから、
たとえ嫌なテストでも予定通りに行われないと、調整が面倒になる……?」
「あ、当たり」
少しばかり驚きながら、今のは淡島得意の占いなのか、それとも単に洞察力
の賜物なのかと考えた。
「そういえば、少し痩せたような……」
結城が心配げに眉を寄せ、顔を覗き込んできたが、純子はすぐさま否定した。
「全然。これでも――」
男子二人の方を目だけで振り返り、声のボリュームを落とす。
「増えたんだもの、体重」
「そんな風にはちっとも見えないわ」
疑わしげな眼差しに変わる。淡島まで、腕にぴったりくっついてきて、「本
当ですの?」と問うてくる。
「私達には、本当のことを言ってくださいな。秘密にしたいなら守ります」
「えっと、だからね。私も最初、体重が増えたときはびっくりした。だって、
全然自覚がなかったし、鏡を見てもぴんと来ないんだもの。おっかしいなあと
思って悩んでたら、お父さんにこう言われた。『背が伸びたんじゃないか』っ
て」
「なーるほど」
自らの頭のてっぺん辺りに手の平をかざし、それを純子の方へと平行移動さ
せる仕種をした結城。
「伸びた分、体重が増加してもおかしくないわね」
「それにしても……」
淡島が口元に人差し指の先を当て、不思議そうに頭を傾けた。
「高校に入ってからそんなに伸びるなんて、まるで男の子みたいですわ。女の
子は普通、中学がピークと言いますのに」
「ぐっ」
言葉に詰まる。こっちについては自覚があった。
(私って根本的に男っぽいのかなあ。顔立ちや性格だけならまだしも、体質ま
で……。久住淳をやっている分には、ちょうどいいんだけどさ。モデルとして
は、背が高くなるだけで勘弁してほしい)
「気にすることないさ。モデルなんだから、背はないよりある方がいいだろ」
心中の思いを読み取ったかのように唐沢が言って、すぐ横に並んだ。どうや
ら、音量を絞った努力も虚しく、しっかり聞こえていたらしい。
「そ、そうよね。気にしてない」
純子は真っ直ぐ前を向き、笑顔を作って返事をした。
「でも、高すぎるのも考えものかもねえ」
同じ話題を引っ張るのは結城。
「彼氏が将来できて、並んで歩くときに、自分の方が相手よりも大きかったら、
何となく気まずいし、格好つかないじゃない」
「お、結城さんて、結構旧いタイプなんだねえ」
唐沢が意外そうに感想を漏らすと、結城は一瞬、むっとした顔つきになった
が、突然しなを作ったかと思うと、にっこり微笑む。
「そうよ。大和撫子と呼んでちょうだい」
「ほんとに呼んでいいのなら、喜んでそうするぞ〜」
二人のやり取りが始まって、純子は内心ほっとした。唐沢と面と向かって話
そうとするには、今日はまだ無理だ。
と、そのとき、相羽が近付いてきたかと思うと、素早い動作で耳打ちした。
「僕は、君に身長で抜かれないようにした方がいいのかな?」
「え。そ、それは、まあ」
慌ててしまって、曖昧な答になった。冷静に考えれば、これからの数年は、
女子以上に男子の成長が顕著なのだ。純子が相羽の背を追い越すのは、かなり
難しいと分かる。だが、純子はそんなことは思い浮かばず、純粋に質問に答え
ようとしている。
今はまだ、人目を気にして、大っぴらには好きと口にできないけれど。
「……どっちでも、変わりない。身長なんて、関係ないから」
小さな声での返事に、相羽は一度だけ首を縦に振った。
――つづく