AWC CROSS TALK【改訂版】(10/13)  らいと・ひる


        
#26/598 ●長編    *** コメント #25 ***
★タイトル (NKG     )  01/12/11  23:33  (208)
CROSS TALK【改訂版】(10/13)  らいと・ひる
★内容

 朝一番で、葵は美凪に声をかける。昨日の電話の事を話したくてうずうずして
いたのだ。
「おはよう。美凪ちゃん」
「おはよ。なに? どうした、なんかいいことあったの?」
 満面に笑みを浮かべた葵の姿から、美凪はそう思ったのだろう。
「美凪ちゃんって4丁目の教会って知ってる?」
「うん。私、毎週日曜日にあそこに通ってるから」
「やっぱし、そうじゃないかって思ってた」
「で、それがどうしたの?」
「うん。クリスマスイブの日にね。お姉ちゃんが神父さんに姉妹揃ってミサに出
席しないかって誘われたらしいの。三人でクリスマスなんて7年ぶりなんだよ」
 葵は幸せの絶頂のような感じで喋っている。
「だから、そんなに舞い上がってるわけね」
「うん。それでね、わたしその教会に行ったことないから、もしかしたら美凪ち
ゃん知ってるんじゃないかと思ってね。でね、知ってるなら放課後案内して欲し
いなって」
「葵、相当うれしいんだね。姉妹揃って会えるってのが」
「うん」
「わかった。案内してあげる。ついでに神父さんにも紹介してあげるよ」
「わ、ありがと」
 そうお礼を言うと、葵の背中がずしりと重くなる。
「なんや、どいつもこいつもクリスマスに浮かれよって、あんな邪教徒の祭りご
となんぞ放っておきゃええんや」
 案の定、恵美香が葵の背中に抱きついてきただけであった。
「あら、佐藤さん。クリスマスは世界的なイベントよ」
 美凪は恵美香のジョークとも本気ともとれるその言葉にカチンときたようだ。
「結局、企業とかマスコミにいいように利用されているだけやん」
 恵美香は葵の背中に抱きついたまま、けけけと笑った。
 恵美香と美凪は対立こそしているわけではないが、話せば憎まれ口の一つも叩
く者同士だった。仲が悪いのとはまた別次元の、根本的な趣味がかみ合わないこ
とによる要因が大きいのだろう。
「もう! サトちゃんも美凪ちゃんも、あんまりくだらない事で喧嘩しないでよ
」


 教会まで行く途中、ふいに鐘の音が聞こえてくる。
「教会?」
 葵は直感的にそう思い美凪に訊いてみる。
「そうだよ」
「こんな時間に鳴ったことあったっけ?」
 平日の夕方、学校帰りのこの時間に鐘の音など今まで聞いたことなどなかった。
「そうね。日曜日はよく鳴ってるけど、平日の夕方なんてめずらしいわね」
「ねぇ? じゃあ、なんで鳴ってるのか知ってる?」
「そうね。葵は見たことないんだよね。じゃあ着いてからのおたのしみ」
「え? 教えてくれないの?」
「着けばわかるよ」
 そうして歩いているうちに教会の建物が見えてくる。鐘の音は止んでいたが、
建物の前には人だかりができていた。
 よく見るとみんな正装している。
「もしかして」
 葵の頭の中に一つのイメージが生まれる。それは透きとおるような白いドレス。
 彼女はそれを確認しようと駆け出す。
「そうよ。たぶん当たってる」
 ぼそりと美凪が言ったのを葵は背中で聞く。
 ライスシャワー。そしてブーケが宙を舞う。
 一組の若いカップル。男の方は白いタキシード。女の方は、純白のウェディン
グドレス。
 拍手と歓声。そして、再び鐘の音が鳴り響く。
 葵は目の前で繰り広げられる情景にうっとりと見とれていた。
「この教会の鐘にはね。一つの言い伝えがあるの。聖母マリア様の加護を受けた
この鐘は、人々を幸せに見守るために鳴り響くのだと」
 葵に追いついた美凪が、穏やかな口調でそう語り出した。
「幸せを見守る?」
「そう。信仰のない人にはピンとこないかもしれないけどね」
 美凪はいままでにないくらいの優しい表情で鐘楼を見つめていた。
「なんとなくわかるよ。……たぶん」
 ちろりと葵は舌を出す。
「実のところ私もきちんと理解しているわけじゃないんだけどね。よく母さんが
言ってたの。ここは母さんとよく来た場所だし」
「そうなんだ」
「……ごめん。また湿っぽい話になっちゃって」
 美凪はくったくのない笑みを浮かべた。最近、葵の前ではこういう表情をよく
見せてくれる。彼女はそのことが嬉しかった。


 葵が美凪に教会に連れて行ってもらってから数週間後、教会は不審火による火
災で焼失してしまう。
 学校でそのこと知った葵だが、あまりのショックでしばらく呆然としてしまっ
た。楽しみにしていたミサがこれでは中止になってしまうだろうと考えたからだ。
せっかく姉妹三人が揃うかもしれない大切な場所であったのに。
 教会の火災には後日談があり、焼け跡から神父の遺体が見つかったこと、そし
て奇跡的に塔の鐘の部分だけが焼失をまぬがれたことが世間を少しだけ騒がして
いた。
 この二つの事柄が結びつけて考えられ、犯人が捕まるまでの間、ミステリー或
いはファンタジーとして学校中に噂話が広まっていったのだ。
 落ち込んでいたのは葵だけではなかった。教会に通っていて神父ともそれなり
に親しかった美凪は、火災の事をいたく悲しんでいた。彼女にとって、あそこは
母親との思い出の場所でもあったのだ。
 葵の場合は、楽しみにしていたイベントがキャンセルとなる可能性があるだけ
で、美凪の悲しみに比べれば大したことはなかった。
「なぁー、西原さんなんで元気ないんや。また最初の頃にもどっとるような気が
する。あんたもちょっとカラ元気やしなぁ」
 美凪の落ち込んだ様子を見て、恵美香は葵に話しかける。だが、その言葉にも
少し覇気がない。
「そういうサトちゃんも元気ないような」
「あんなぁ、だんだん寒くなってきたやんけ。あたしごっつう寒さに弱いんや」
「サトちゃんって夏とひまわりの似合う女だもんね」
「そや、けどひまわりは冬眠でけへんからな。まあ、葵っちの落ち込みはなんと
かなりそうやから心配ない思うけど」
「うん。わたしは全然心配ないよ。美凪ちゃんの方がわたしも心配」
「こういう時は、泉元堂のたい焼きを食いにいくのがええやろ。西原さん誘って
行こうや」
 恵美香はぎりぎりまで人には干渉しない性格ではある。だが、その人が本当に
困っている時には、逆にお節介を焼くことがある。本人は、それが「おもろい」
ことだからと言ってはいるが、葵は彼女の優しさを身に染みるほど理解していた。


 前に恵美香から教わった泉元堂のたい焼きは、いつも行列ができるほどの有名
店であった。しっぽまでアンコはお約束、特選の大納言を使用した粒あんは癖に
なるほど美味であり、葵は時々クラスの友達や部活の先輩たちと寄っていくこと
もあった。
 今日は、本当は買うつもりはなかった。たまたま商店街に用事があった彼女が
店
の前を通った時、漂ってきたあの甘い匂いの誘惑に逆らえずついつい列に並んで
し
まったが始まりだった。
 ちょうど小腹が空いているのもまずかったのかもしれない。食べ盛りなんだか
らしょうがないと、葵は自分に言い聞かせる。
「おばちゃん、2個ちょうだい」
「はい160円ね」
 ここのたい焼きは1個80円、しかも税込みである。これだけ安くて美味しけ
れば、行列ができてもしょうがないだろう。
 店員のおばちゃんは、さっと白い紙袋に熱々のたい焼きを入れて葵に差し出す。
「お待たせ」
 店員から渡された包みを抱きかかえ、葵は少しだけ幸せな気分になる。
「うん、後悔してないもん」と独り言を言いながら店を後にしようとして、ふと
誰かの視線に気づく。
 葵がその方向を向くと、一人の幼い女の子がこちらを物欲しげな表情で見てい
る。
 小学校低学年くらいの女の子で、赤のスタジアム・ジャンパーを着ていた。
 その子の視線は、葵の幸せそうに抱えている紙袋にあった。
 もしかして、これが欲しいのだろうかと、彼女は幼い女の子に近づいていく。
 葵自身、見ず知らずの人に何かをもらってはいけないと、さんざん親や夏江さ
んに言われてきたこともあって、無条件でそれをあげようとは思ってはいなかっ
た。
「わたしに何か用かな?」
 葵はなるべく柔らかい笑みを浮かべて少女に問いかける。
 少女はその問いに答えずにじっと紙袋を見ている。
 たい焼きを買ったのは葵だけではないのに、なぜこの子は自分に目を付けたの
だろうと不思議に思った。
「たい焼き好きなの?」
 彼女は遠回しにそう言った。恵んであげるのは簡単だ。だけど、単純にそれが
いい行いだとは思っていなかった。だから、彼女は聞いたのだ。
「…………」
 返事はなかった。そして、慌てたかのように、少し怒ったようにして顔を背け
てしまう。もしかしたら、葵の問い掛けに、物欲しげにしていた自分に気づき、
恥じたのかも知れない。そんな少女の反応に、葵は小さな罪悪感を覚える。もち
ろん彼女に悪意があったわけではないが、幼い少女のプライドを傷つけてしまっ
たのかもしれない。
「ごめんね、なんか変な事を……」
「わかんない」
 詫びようとした葵の言葉に、遅れて出た少女の返事が重なる。
「え?」
 予想外の返事に葵は少し戸惑った。
「食べたことないから」
 少女は指をくわえて再びたい焼きの入った袋へと目を落とす。
 たい焼きはそれほど高級な料理ではなく、むしろ庶民的な食べ物だ。食べたこ
とがないというこの子の言葉に、葵はますます戸惑う。
 もしかしたら、この少女は海外で暮らしていたのかもしれない。それなら、物
珍しくたい焼きの行列を眺めるのも納得できる。
 だが、それではなぜ少女は葵の袋だけを見つめているのだろう。
「じゃあ、どうしてわたしのを見ているの?」
 葵は優しい口調でそう言った。葵の好奇心が純粋に彼女のその行動に興味を持
ったからだ。けして、イライラしているわけではない。
「だって、お姉ちゃん。とっても幸せそうな顔してたんだもん。それを買ったら
幸せになれるのかなって」
 少女の純粋な言葉に葵は心を痛める。恵んであげようという気持ちがほんの僅
かでもあったことを恥ずかしく思う。同時に、嬉しさを露骨に顔に出してしまっ
ていた事を少しだけ反省した。
「わたし、そんなに幸せそうな顔してたかなぁ」
 葵のその答えに、少女の表情が少しだけ緩む。
「うん。だからね、お姉ちゃんの事見てたの」
 それは、少女が今まで幸せでなかったことを語っていた。そして、葵自身がど
れだけ恵まれて育ったかを改めて実感する。
 ふいに目頭が熱くなる。最近涙腺が緩くなったのかもしれない。そう葵は思っ
た。
「ねぇ、たい焼き食べてみる?」
 むやみに人に恵むのはよくないと葵は思っている。だが、純粋にこの子の事が
気になったのだ。
「ん?」
 少女はきょとんとした顔で葵を見つめる。
「ちょうど2個買ったしね。幸せになれるっていっても、ほんの少しなんだけど
、でもほんの少しでも幸せにはなれるのは間違いないの。特にここのお店のたい
焼きは私が保証する」
 それは嘘ではない。幸せはなるものではない、感じるものだということを葵は
ここ数年で実感してきている。だから、おいしいものを食べて幸せを感じるとい
うのは、誰にでも簡単にできるものだ。人は幸せになろうと努力するが、幸せと
いうものは日常に転がっているものである。不幸な状態だからといって、幸せを
感じることができないわけではない。葵はその事をこの少女に教えてあげたかっ
た。
「いいの?」
「うん」
「でもね。知らない人から物をもらったりしちゃいけないって」
 やはりこの子もそういう教育をされているのだろう。標準的な親ならあたりま
えの事かもしれない。そう葵は思った。
「じゃあ、こうしよっか。あなたとわたしは今からお友達」
 この子が気になるのは好奇心かもしれない。だけど、興味を持つことで、相手
を知りたいと思い友達になるのはごく普通の事なのだ。
「オトモダチ?」
「そう。だったらいいでしょ?」
 少女は「うーんと」と少し考える素振りを見せると、葵の顔を見つめニコリと
笑う。
「うん。いいよ」
 笑顔はとてもチャーミングだった。将来美人になりそうな顔立ちをしている。
「じゃあ、近くの公園で食べよっか」
 葵も一番の笑顔を少女へと返した。





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 続き #27 CROSS TALK【改訂版】(11/13)  らいと・ひる
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